1936年にD50形蒸気機関車の後継機として、C11形の溶接技術を取り入れ登場しました。
総数1,115両の日本一の大ファミリーで、この日本記録は未だ破られていません。
日本全国どこでも見ることができ、四国では土讃本線限定の運用でした。
主に貨物列車の牽引機として製造されましたが、その力強さから中央本線や函館本線の急勾配区間では急行列車を牽引し、羽越本線など平坦な区間でも旅客列車を牽引しました。
1975年に北海道の夕張線の貨物列車を牽引し、国鉄最後の運用を終えました。
現在では、498号機がJR東日本でイベント用臨時列車として、また200号機がJR西日本の梅小路機関区内にて動態保存されています。