国鉄の最急勾配区間の信越本線の碓氷峠越え区間に直通する列車の牽引用に開発され、1962年に登場しました。
最大66.7‰という急勾配を通過するために、それまでのアプト式を廃線とし、この区間をEF63の重連との協調運転が可能な機関車です。
登場時には、急行列車や普通列車の牽引に充てられましたが、1970年には電車化が進み貨物中心の運用となり、1984年以降には、長野方面の貨物は中央・篠ノ井線経由となり、活躍の場がほとんどなくなりました。
一時は東海道・山陽本線の貨物を牽引しましたが、低速で力強い機関車なので、高速区間の列車牽引には向かずに、その活躍の場は限定的なものとなり、1993年には急行列車の定期運用が終了し、長野新幹線開業の1997年には2両を除き廃車、1999年には全廃となりました。