準急・普通電車運用向けの80系電車を準急・急行向け電車にする構想で開発され、101系の新技術を導入して1958年に登場しました。
それまで、接客設備や居住性などから長距離列車は客車が主体でしたが、完全に客車を上回り、以降の急行型・近郊型電車の基礎となりました。
最初に使用された列車にちなみ、「東海型電車」の愛称で親しまれました。
主に急行電車の運用を担当しましたが、東海道線に特急「こだま」「つばめ」が151系で運転されていた時に、故障時やダイヤが大幅に乱れた時には、151系の予備車がほとんどなかったので、特急として代走したこともあります。利用者からは「替えだま」「にせだま」と揶揄され、不評でした。
1972年に山陽新幹線の岡山開業で急行運用が激減し、関西地区の新快速に塗装を一新して活躍しました。
次第に老朽化・陳腐化が目立ち、1980年前後に新快速用の117系や特急格上げ用の185系のデビューとともに置換えが始まり、1983年に最後の運用を離脱し、1984年に全廃となりました。