もし万が一、景気回復に失敗したとしたら、それは企業など経済界の責任だ。何でも政治の責任にしてきたつけが回ったと思うことだ。安倍政権の立派な景気回復策が失敗するとすれば、経済界が足を引っ張ったということだ。今、経済界の余力が十分にある時に、手を打たないと、どうしようもなくなる。余力があるのに、なぜ、自分たちから打って出ない。万が一の危機に気付いていないのではないか。
いつまでもデフレデフレと言っている場合ではない。なぜ攻めの姿勢をとれないのか。蓄えがあるから、いざという時は、何かを切り捨てて、自分たちは助かると思っているところが多いのではないか。庶民にお金を回さないで、いざという時の切り札として蓄えているのだろう。結果、一部の者だけが逃げ延びる。庶民も、少ないながら、いざという時の蓄えをせっせとしている。
しかし、蓄えを持って逃げ延びた者も、後悔することになる。その状況においては、お金など全く価値のない紙切れ同然になっていることだろうから。日本国民は例外なく全員が破産する。不況の中、みんながせっせと貯めこんできた資産は、あっという間に、皆無になってしまう。
なぜあの時、余力があった時に、みんなで一致団結してみんな一緒に危機を乗り越えようとしなかったんだろうと後悔するだろう。今ならそれができる。
日本が沈没すれば、世界も沈没するだろう。日本を救える余力は、今の世界にはないだろう。ギリシャやスペインのような救済はない。
政府は、金融緩和だけでなく、雇用創出、新産業創造の策もとっていかないと景気回復にはならないという警告が世の中にはあるが、それに積極的に乗っかろうとしない経済界の責任は重い。というか、経済界の統率者はいるのか。余力があるのに、自らが、その策を講じていかなくてどうする。万が一の危機に気付いていないのか。今のように経済界がのんびりしていれば、万が一ではなくなる。危機に気付かず、安全な所から高見の見物をしてきた最後には、自分もそこに巻き込まれる。
みんなひとり勝ちをしないと生き残れないと、必死に切磋琢磨して、コスト削減、新商品開発、サービス向上、新産業創造に努力しているが、それは、不況脱出手段ではない。自分たちの生き残り手段だ。不況という状況は何ら変わらない。生き残ろうとしても、そうはいかない。
余力を持て余して、平和に過ごしている足元では、不況が蔓延している。
統率者が指揮しない軍隊は、どうなるか。愚かな最後を見るのだ。経済界の統率者は誰か。