「個人の判断」の難しさ
みなさん、こんにちは。
ちょうど1週間後の3月13日から、
コロナ対策としてのマスクの着用が、
「個人の判断に委ねる」ことになりました。
ここ数年、
すっかりマスク生活にも
慣れてしまったとはいえ、
やはり息苦しい毎日から解放されると思うと、
少しホッとするような気もします。
ただ、何かすっきりとしないのが、
「個人の判断に委ねる」という政府の方針。
欧米のような個人主義と違い、
日本の場合は、個人は尊重されつつも、
それ以上に「集団心理」「同調圧力」の影響を
受けやすい国民性と考えると、
随分と中途半端な方針を
打ち出したものだとつい思ってしまいます。
もちろん、
諸般の事情があっての判断だとは思いますが、
意外とこういったどちらともつかない方針に
私たちの職場が振り回されることは、
珍しいことではないような気がします。
例えば...
「確認できそうなら、しておいて」
➾確認しなくても問題はないのか
「時間があったら、やっておいて」
➾時間がなかったらやらなくてもいいのか
「できる限り残業せず、早く帰るように」
➾どこまでの範囲なら明日に繰り越せるのか。
周囲を手伝わなくても大丈夫なのか。
これらをすべて
「個人の判断に委ねる」とした場合、
上司や同僚とのトラブルに発展しないのか、
組織内で立場の弱い人に
なればなるほど心配になることでしょう。
こういった、
目に見えない「その場の空気」を読み切れず、
入社早々職場を去ってしまう人材も
決して珍しくはありません。
これが、ひと昔前であれば、
「中途採用の経験者」
「個人プレー」の人材で占められていたことから、
細かな配慮なしでも
大半の仕事は思い通りこなしてくれました。
しかし、業界全体での深刻な人材不足で、
例え零細事務所であっても
「未経験者」
「分業体制」
の体制を組まなければ、
業務が回らなくなりつつあります。
要するに、
「空気を読む」
「個人の判断に委ねる」といった、
判然としない基準の提示では、
期待した効果は得られないとうことです。
裏をかえせば、
「必ず確認が必要なので、お願いします」
「〇日の〇時までにやってください」
「原則、月間の残業は〇〇時間まで。
超過しそうな場合は、事前に計画を説明すること」
といったような、
事務所としてのわかりやすいルールを作り、
必要に応じてアップデートすれば、
その後トラブルになったり、
毎回一から説明するストレスを
溜めずに済むのです。
国の方針はともかく、
会計事務所としては、
たとえシンプルな作りであっても
明確なルールを柱に、
出来る限り「個人の判断」に依存しなくても
業務が回る仕組みを構築すべきだと私は思います。
そうでもしない限り、
人手不足に対処していけない時代が
すぐそこまで来ているということです。
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