この1年間元気だった。
個人的につけている気まぐれ日記を開いたら、8月から更新がなかった。
そしてたら見事に落ち込んできて今。
「この1年元気だった。」
それは嘘じゃない。
会いたい人に気軽に会えるようになって、やりたい仕事ができてそこでも良いひとたちに出逢えて。
死にたいなんて本気では思わないくらいに生きていた。
私は今、幸せ。今が、幸せ。
たくさんの友達がいて、大人になったら家族ともうまく話せるようになって、愛してくれる人たちが、先輩が、後輩が、サークルにも職場にもネットにも名古屋にもたくさんいる。
それでも、それなのになぜ苦しい。なぜつらい。
やりたいこと、好きなこと、それらがあまりにも多すぎる。
時間、お金、体力、全てが足りない。
有限すぎる。
せめて体力さえ無限にあれば、時間とお金が増やせるかもしれないけど、、、。
睡眠時間とか考えずに、体力も無限にあったらなんて思う。
でも、
それがかなったら、私は私じゃない。
「人間としてあり得ないから。」とか、そういう意味じゃなくて。
人の苦しみを知らずに、そこに敏感になれなかったら、私は私として生きる意味がない。
もはやそれって、
死。
だから、有限の中で自分らしく人間らしく、やりたいことをやりたい。
私の人生、なんだかんだ全てうまくいっている。
もちろんそのツケが回ってきたなって瞬間はあるけど。
ただ、何でもかんでも夢がかなったかというとそうではなくて。
言い訳とか、変換とか、うまくやりすぎた。
じゃあ、言い訳なしで、今どうしても実現したいことは何だ。
私の憧れてきたものって何だ。
人生をかけてやってみたいことは。
私は今何がしたくて、何が叶えたい。
言い訳を殺し、常識・あたりまえ・フツウ、全てを取っ払った先に、やりたいことは何だ。
私の実際の気まぐれ日記には、これが事細かく書いてあるんだけど、これは割愛する。
ただ、書かないとまた言い訳するのでやりたいことだけ書いておくと、
①飲食店の経営(シーシャ、バー、カフェ関連)
②自分の言葉や感情、ファッションなどの表現にもっとファンが欲しい
なんか大雑把なんだけど、結局は、自分を中心にたくさんの人の居場所をつくりたいし、あわよくば自分も底を居場所にしたいんだよね。
そんなこと言うと、自分本位に聞こえるかもしれないけど、正直それでいいと思っているし、反抗するならそれだけではない。
私は、たぶん小さいころから人生面白くなかった。
その時に出逢ったフェスは、私の頑張る糧だった。
「その日があるから頑張る」「あの日があったから頑張れる」
そんな風に音楽に生かされてきた。
だから、高校生のころから、そんなイベントをつくりたかった。
でも社会人になって気づく。
フェスとかそんな1日に限ったイベントじゃ足りない。
もっと気軽じゃないと、すでに足が重くて行けない人もいる。
そんなことに。
だから、ふらっと立ち寄れる場所をつくりたいし、物理だと限界があるから、私という存在が電波を使って誰かの心を抱きしめたい。
大好きな人には死んでほしくない。
それは当たり前だけど、いつどこでだれがその大好きになるかなんてわからないし、大好きや味方は多い方が面白い。
だから、ひとりでも1日でも長生きできるように。
居場所になりたい。
「死ぬ前に私と乾杯しよう」
「もう暗いから、死ぬのは明日でいいんじゃない?」
そう言ってくれた彼女のように、私はなりたい。
もし叶ったら、「さすが私の(ネット名)ちゃん」ってまた笑ってほしい。