今日は、義父の退院の日。
ということで、
朝から義母と一緒に病院に行ってきました。
肺炎で入院したのが、6月後半。
10月初めに今の病院に移ってリハビリに勤しんできた義父。
合わせて7ヶ月半にも及ぶ療養生活がやっと本日終了しました。
思い起こせば、高熱が何日も続く義父を無理やりタクシーで
病院へと連れ出し、そのまま入院となったのが始まりでした。
入院後最初の1週間は回復してるように見えたものの
それ以降は逆に衰弱しているようにしか思えず、
2週間ほど経った頃電話で呼び出され、医師から
「いつ何時万一のことがあってもおかしくない」と言われました。
「覚悟はしておくように。もしものとき、延命治療はどうしますか。」
ショックを受けて泣く義母に、
お義父さんならだいじょうぶですよ」としか言えない自分。
でも、それは本当にそう信じてました。
心臓の発作の後、1か月以上の意識不明状態から
回復したことのある義父ですから。
その後1か月以上ほとんど意識がないような状態が続き、
それからしばらくの間はとろとろと眠ってばかりの日々が、
そして徐々に起きている時間が増えていったものの
体のほうはだんだん自由が利かなくなって、
気付けば自力でベッドから起きることはおろか、
寝返りを打つことさえななまらなくなっていました。
その頃の義父は自分の体の状態を訝ってか
鬱状態に陥り、心療内科のお世話にもなりました。
その後病状が安定してきて
看護士の介助で流動食を口にするまでに回復した矢先の肺炎再発。
昏睡状態と点滴の日々に逆戻り。
それからは再び病気が勝つか薬が勝つか体が病気と薬とに耐えきれるかの
三つ巴のせめぎ合いの期間を経て、何とか病気からは回復出来たものの、
体は完全に寝たきり状態になってしまいました。
点滴とバルーンカテーテルと酸素マスクとにつながれて、
手足は思うように動かず震えが断続的に続き、
言葉を発するのも不自由で、よだれは始終垂れてしまう、そんな状態。
震えが筋力の衰えによるものかパーキンソニズムか判断がつかない、
しばらく様子を見るしかないと医師からは言われました。
呼吸の状態が安定し、酸素マスクを外す時間が徐々に増え、
やっと看護士さんの介助で流動食を口にできるようになりました。
検査の結果、結核の原因菌ももう検出されませんでした。
(体調の回復を待ってからの検査だったので)
入院から3か月になろうかというころ、転院を言い渡されました。
ソーシャルワーカーさんとの面談。
提示された選択肢は3つ。
このまま自宅に帰って療養するか、
リハビリテーションの専門病院に転院するか、
養護施設に入るか。
このまま自宅に帰ったら、
もう2度と自分の足で立つことができなくなるかもしれない、
日常生活のすべて(食事もトイレも)を人の手を借りなくてはならなくなる。
現状より少しでもよくなればということで、リハビリ病院への転院を希望しました。
本来リハビリ病院は元となる病気の発症後2カ月以内でないと受け容れ不可らしく
先方からの返事待ちでしたが(一般にそれ以上経過してしまうと回復困難なので)、
再発した方の日付から数えて2か月以内ということで、OKが出ました。
車いすに乗せられて、介助タクシーを使っての転院。
入院時の先生からのお話では、目安は4カ月。
その頃までには車いすを使ってでも
家の中では一通りの日常的な動作ができるようになることを
目標にやっていきましょう、とのことでした。
リハビリ病院に入ってからの義父は、本当に順調な回復ぶりでした。
食事から栄養を摂れるようになって点滴が外されました。
トイレに連れて行ってもらえるようになり、カテーテルが外されました。
ベッドの上で上半身が起こせるようになりました。
足をおろして座っていられるようになりました。
面会に行くたびに、目覚ましい変化が見られました。
その分リハビリはきつそうでしたが、スタッフの方々の
「絶対に歩けるようにさせてやる」という熱意が伝わってきました。
本当に熱心に親身に接していただきました。
息子を亡くすという大きな大きな悲しい出来事もありましたが
そのこともきちんと受け止め、乗り越えてくれました。
(親として、それは終わったこととして片づけられる事実ではなく、
今後もずっと背負い続けることにはなるのでょうが)
そして4ヶ月後の今日、
杖も使わず(こちらは明日業者の方が持って来られますが)、
人の手も借りずに自分の足で病院を後にして来ました。
ここまでの回復は、病院の先生や担当してくださったスタッフの方々も、
そして私たちでさえ期待していませんでした。
(心の中では望んではいましたが)
お世話になったスタッフの方々には
本当に、本当に、
感謝の気持ちでいっぱいです。
まだ足取りも不安定です。
家族(主に義母ですが)も目を離すことができません。
肺炎の原因もわからないままになってしまったので、
いつ再び罹るとも知れません。
かかとの床ずれも完治はまだ先。
それでも、
やはり今日の日を迎えられたことは
嬉しく、ありがたく、胸がいっぱいです。
うまく言葉になりません。
「感無量」っていうのはこういうときに使うのでしょうね、
きっと。
最後になりましたが、
この場を通じて励ましやご心配くださった方々にも、
心から感謝しています。
ありがとうございました。