ニュースのこと | タイトル未定・・・

タイトル未定・・・

ささやかな日常の雑記帳

きのうは2つの事件に関して気になる報道がありました。



ひとつは、和歌山カレー事件。

最高裁が被告側の上告を棄却し、一、二審の死刑判決を支持。

状況証拠のみで、自白も決定的物証もないこの事件、

判決が下っても釈然としないものが残ります。

愛する家族を突然失ったご遺族にはなおさらのことでしょう。

なぜ理不尽にも命を奪われなければならなかったのか―

真に犯行を犯した者(そもそもここからすっきりしてない)によって

事件の全容が解き明かされることもなく、謝罪の言葉すらなく、

残されたご家族のことを思うとき、

どうにもやりきれないものを感じずにはいられません。


その一方で、自分ならこの状況で同じ判断を下すだろうかと考えたとき、

やっぱりそんなことはできないんじゃないだろうかと。

罪を犯しておいて「冤罪」なんて言ってるなら本当に許し難いし、

かと言って「合理的な疑いをさしはさむ余地がない」から「極刑」とは・・・

だからどうしろってことじゃなく、

判決に異議ありってわけでもなく(その通り!とも思い難いけど)、

ただ、裁判員制度、しろうとには荷が重過ぎるよなぁなどと

ぼんやりそんなことを考えてニュース見てました。




それと、もう一つは「足利事件」。


DNA型鑑定の万能神話揺らぐ 「足利事件」で (産経ニュース)


2000年に無期刑が確定し、現在服役中のA氏、

昨年再審請求が棄却されたというあたりまでの経緯は知っていましたが、

その後DNAの再鑑定がなされていたんですね。

報道によると、DNA鑑定の結果が一致しなかったため

再審の可能性が出てきたということで。


ご記憶の方も多いでしょうが、1979年から1990年までの11年間の間に、

栃木県足利市および隣接する群馬県太田市周辺で計7件

未解決の幼女殺害事件が起きています。

パチンコ店から幼女を連れ去り殺害、河川に遺棄という犯行手口の類似性から

これら(の一部)は同一犯による連続的犯行の可能性もありとみられており、

そのうちのひとつ1990年に起きた事件の容疑者として、A氏は逮捕されました。

(のちにほかの2件に関しての「自供」があり、その後こちらに関しては不起訴に)


この事件、DNA鑑定が決め手となったわが国最初の事件としても知られています。

同時に冤罪の可能性のある事件のひとつでもあります。


ここで私が何か書いてもそれは自分が得た情報の受け売りにしかならないし、

その真偽を確かめる術もないし、

何よりもしこれを読んでくださった方がいらしたとして、

その方に何らかの思想的影響を及ぼそうとしているわけではないので

やめておきますが・・・


何度かこの辺のことに関しては書いているので繰り返しになりますが、

ある日突然謂れのない疑いをかけられ人生が一変してしまう恐怖は、

想像するだけで空恐ろしいものがあります。


再審によって(いかなる結果であれ)真実が明らかにされることを願いたいです。




【参考】

冤罪File No.03「科学を恐れているのは誰か?」

幼稚園バス運転手は幼女を殺したか/小林 篤
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