きのうの夕方のニュース(確かTBS)で 奈良美智さんNYで逮捕というのを聞いてちょっとびっくり。
ニュースの内容はこれ と同じだったと思うけれど、今日になってこんな 記事も。
こちら はご本人のブログ。
細かい状況にずいぶん齟齬はありそうだけれど、落書き(と呼びうる)行為をしちゃったのは事実みたいで。
奈良さんの絵って、私は特に好きというわけではないけれども、印象には残りますよね。
特にあの瞳。無垢innocent(上記のARTINFOではdoe-eyed と表現されていましたが)というよりは、
屈折しているような、ひとたびそれに捉えられたら心の裏側まで見透かされてしまいそうな、
なんとも居心地の悪い、それでいて(あるいはだからこそ)惹きつけられる瞳。
ブライス人形にちょっと通じるところがあるようにも思います。
で、落書き。たかがという向きもあるかもしれませんが、
他人の所有物や公のものに勝手に手を加えるのはやはりいけないことですよね。
りっぱに発表する場を持つ人がどんな理由なり衝動なりがあってそういう行為に至るのかなって思いました。
落書行為って、動機はそれぞれなのでしょうが突き詰めると自己顕示欲なんじゃないかって気がするので。
奈良さんはいずれ改めてこのことについて書かれるようなので、気にとめておこうかと思います。
蒸し返すつもりはないけれど、ちょっと前に某大学生がイタリアで落書きしちゃったときには
日本中大騒ぎでした。後日談まで取り上げて。
過去にまでさかのぼって有名無名の人々による落書きの数々を暴いたり。
こういうふうな「騒動」になってしまうと、一連の報道自体に対して引いてしまいます。
ところでこれは完全に偏った見方なんだけれど、ヨーロッパには落書きはあってほしくないかも。
以前ロンドンの郊外から電車に乗ったとき落書きだらけの橋脚に愕然としました。
アメリカなんかはちょっと落書きも景色の一部って気がしそう(行ったことないんだけど)。
(grafitti(落書き)は元はイタリア語ですが。単数形はgrafitto(scratchされた絵のこと) )
でも、やっぱりいけないことだよね。
先週あたり日本でも姫路城の落書き のニュースがあったけど、本当にひどい状況でした。
ただ、「100個以上見つかった」という表現が引っ掛かりました。
こんな状態になるまで気付かなかったということ?何の手段もせずに放置されていたと?
何も分からないのに非難するつもりはないですし、
文化財なので現状保存が原則なのでしょうから見つけるたびに修復というわけにもいかないのでしょうが
(彫り込まれちゃってるし)、落書きが落書きを呼ぶということはありそう。
既に書かれているから記念に自分も、みたいな。
勿論一番いけないのは考えなしにこういう行為をすることなのだけれど。
人が軽い気持ちで深く考えずにしてしまった行為や不注意による過失などに対して
後から取り沙汰してごちゃごちゃとあげつらうことはしたくない。
きっといちばん悔やむのは本人だし、起こってしまったことは元には戻せないし。
それに自分自身いつ何をしでかしちゃうか分からないしね。
でも、大切なのは、当事者ひとりひとりが自らの過ちに気付いたときにはきちんとその事実に向き合うことなんじゃないかな、などと思いつつとりとめがなくなったのでこの辺で。