【ぐんぎまんぷく】
心が多くの疑問でいっぱいになること。

◇  ◇  ◇

『犬神家の一族』を読んだ。
34歳にして初めての金田一耕助である。

面白かった。非常に面白かった。
何を今さらと思われそうだが、それでも言わずにはいられない。

戦後すぐの物語であるため、その背景に馴染みはあまりない上、文体も読み易いものではない。にも関わらず、何のわだかまりもなくあっという間に読めてしまった。どちらかといえば遅読の私がである。

初めから終わりまで、ひたすら次へと進みたくなるストーリー展開、グロテスクな描写、目を背けたくなる人間模様など、それらが複雑に絡み合い、完成度を驚くほど高めている。繰り返し映像化されている理由もよくわかる。

『八ツ墓村』『獄門島』『悪魔の手毬歌』……などなど、他にも多くの作品がある。思いがけずミステリーにハマってしまうかもしれない。

オチなし!


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【だいどうしょうい】
たいした違いはないこと。似たり寄ったり。

◇  ◇  ◇

「いつも日本で調整して試合に行っている。気持ち的にもその方がいい。練習できる環境もあるので」
バンクーバー・オリンピックに向けた、浅田真央ちゃんのコメントである。

私はどうにもこの発言が、気持ち悪くて仕方がない。フィギュア・スケートに“試合”という言葉が、似つかわしくない気がするからだ。

似つかわしくないとは、フィギュアが華麗で優雅な競技だからではない。マラソンなどの陸上競技でも同様、選手が「試合に向けて調整は万全です。」などと言っていたらイラっとする。

しかし、広辞苑で“試合”を調べると、「武術や競技などで勝負を争うこと。為合い。」とある。フィギュアやマラソンも、勝負を争っているのだから、“試合”と言っても何ら問題ないのである。

これはつまり、ウェイト・リフティングなら「力持ち決定試合」とも言えるし、カーレースは「自動車運転試合」とも言える。ツール・ド・フランスはモチロン「世界最大の自転車の試合」に違いないのである。

……しかし、どうしても拭いきれない違和感が残る。

例えば野球やサッカーなどの球技で、「明日の試合で優勝が決まる」「試合で力を発揮できるよう……」「もうすぐ試合開始です」などと言われても全く気にならない。これはボクシングなどの格闘技でも同じだ。

これら違和感のない競技は、「阪神vs中日」「日本vs韓国」「亀田vs内藤」など、二つの個人・団体同士での戦いで、しかも相手をどうにかする必要があるものばかり。ここに、問題の根本が隠されているのではないだろうか。

試合の語源とも言える“為合う”とは、「互いにする。ともにことを行う。互いに戦いあう。」という意味である。“互い”とはつまり相対する関係にある二者を指す言葉。やはり、フィギュアや陸上、自転車など、二者で行う競技ではないものには“試合”など存在しえないのだ。

「じゃあ何て言ったらエエねん!」って言われると、ちょっと困るけど。


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【ひゃくはちぼんのう】
過去・現在・未来にわたって経験する多くの心の迷いや苦しみのこと。仏語。

◇  ◇  ◇

我欲との戦いに終わりは無い。一つが満たされても必ず新たな欲が湧く。涅槃を目指す我々は、おのれの欲望に悶え、悩み、喘ぐ。これを煩悩という。

あの頃と変わらず、今日も様々な我欲にまみれている私である。

例の「ポメラ」は早々に入手し、それなりに活躍してくれている。入手直後に新型が発表されたのは計算外だったが、今のところ旧型でも何ら問題ない。買って良かった。

そしてまた私の煩悩は、例のごとく厄介な事態に陥っている。

先日、とある宴会にて延々とビデオ撮影をした。それだけではどうと言うこともなさそうだが、後で映像を観て戦慄を覚えた。特に、酔っ払った人々の奇行・放言の数々は筆舌に尽くし難い

幸い、撮影班の私はほとんど映っていなかったので救われたが、そうではない面々といったらもう……コレは使える。

今後は自前の機材で自由に撮影・編集し、様々な証拠(悪事・暴言あるいは言質)を集めなければならない。何かの時のために……。

そこでXacti DMX-CG11
ビデオカメラである。

お手ごろ価格!カワイイ見た目!ハイビジョン録画可能!などなど、是非とも手に入れたい要素はあるのだが、バッテリーの持ちの短さがどうしても気になる……。

買うべきか、買わざるべきか。


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