【だいどうしょうい】
たいした違いはないこと。似たり寄ったり。
◇ ◇ ◇
「いつも日本で調整して試合に行っている。気持ち的にもその方がいい。練習できる環境もあるので」
バンクーバー・オリンピックに向けた、浅田真央ちゃんのコメントである。
私はどうにもこの発言が、気持ち悪くて仕方がない。フィギュア・スケートに“試合”という言葉が、似つかわしくない気がするからだ。
似つかわしくないとは、フィギュアが華麗で優雅な競技だからではない。マラソンなどの陸上競技でも同様、選手が「試合に向けて調整は万全です。」などと言っていたらイラっとする。
しかし、広辞苑で“試合”を調べると、「武術や競技などで勝負を争うこと。為合い。」とある。フィギュアやマラソンも、勝負を争っているのだから、“試合”と言っても何ら問題ないのである。
これはつまり、ウェイト・リフティングなら「力持ち決定試合」とも言えるし、カーレースは「自動車運転試合」とも言える。ツール・ド・フランスはモチロン「世界最大の自転車の試合」に違いないのである。
……しかし、どうしても拭いきれない違和感が残る。
例えば野球やサッカーなどの球技で、「明日の試合で優勝が決まる」「試合で力を発揮できるよう……」「もうすぐ試合開始です」などと言われても全く気にならない。これはボクシングなどの格闘技でも同じだ。
これら違和感のない競技は、「阪神vs中日」「日本vs韓国」「亀田vs内藤」など、二つの個人・団体同士での戦いで、しかも相手をどうにかする必要があるものばかり。ここに、問題の根本が隠されているのではないだろうか。
試合の語源とも言える“為合う”とは、「互いにする。ともにことを行う。互いに戦いあう。」という意味である。“互い”とはつまり相対する関係にある二者を指す言葉。やはり、フィギュアや陸上、自転車など、二者で行う競技ではないものには“試合”など存在しえないのだ。
「じゃあ何て言ったらエエねん!」って言われると、ちょっと困るけど。
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「いつも日本で調整して試合に行っている。気持ち的にもその方がいい。練習できる環境もあるので」
バンクーバー・オリンピックに向けた、浅田真央ちゃんのコメントである。
私はどうにもこの発言が、気持ち悪くて仕方がない。フィギュア・スケートに“試合”という言葉が、似つかわしくない気がするからだ。
似つかわしくないとは、フィギュアが華麗で優雅な競技だからではない。マラソンなどの陸上競技でも同様、選手が「試合に向けて調整は万全です。」などと言っていたらイラっとする。
しかし、広辞苑で“試合”を調べると、「武術や競技などで勝負を争うこと。為合い。」とある。フィギュアやマラソンも、勝負を争っているのだから、“試合”と言っても何ら問題ないのである。
これはつまり、ウェイト・リフティングなら「力持ち決定試合」とも言えるし、カーレースは「自動車運転試合」とも言える。ツール・ド・フランスはモチロン「世界最大の自転車の試合」に違いないのである。
……しかし、どうしても拭いきれない違和感が残る。
例えば野球やサッカーなどの球技で、「明日の試合で優勝が決まる」「試合で力を発揮できるよう……」「もうすぐ試合開始です」などと言われても全く気にならない。これはボクシングなどの格闘技でも同じだ。
これら違和感のない競技は、「阪神vs中日」「日本vs韓国」「亀田vs内藤」など、二つの個人・団体同士での戦いで、しかも相手をどうにかする必要があるものばかり。ここに、問題の根本が隠されているのではないだろうか。
試合の語源とも言える“為合う”とは、「互いにする。ともにことを行う。互いに戦いあう。」という意味である。“互い”とはつまり相対する関係にある二者を指す言葉。やはり、フィギュアや陸上、自転車など、二者で行う競技ではないものには“試合”など存在しえないのだ。
「じゃあ何て言ったらエエねん!」って言われると、ちょっと困るけど。
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