鳥とこころと音楽と〜Kaiの日記〜

鳥とこころと音楽と〜Kaiの日記〜

ある時はピアノ指導者。
ある時はカサンドラサポーターとして
あなたの心の伴奏者をつとめる、Kaiの日記。



♪自分を変えて、未来を変える、はじめの一歩をお手伝い♪


幼児~90歳代の方にピアノを教えながら、自身の経験を活かし


カサンドラ症候群の方や、機能不全家族のお悩みに寄り添う、


"まりぃごぉるど池袋"の仲間達と共に、あなたと、大切な方の


再生に向けた第一歩を踏み出すための活動をしています。


シャムロック・ Kai(カイ) と申します。



♪ 〜自分を変えて、未来を変える、

  "はじめの一歩" をお手伝い〜 ♪ 

幼児~90代の方にピアノを教えながら

カサンドラ状態の方や機能不全家族の

お悩みに寄り添う "まりぃごぉるど" 

スタッフKai(カイ)と申します。


終戦の日に向けて、今日放映された番組。

「少女たちの戦争 〜時を超える学級日誌」

思わず手を止めて、見入ってしまった。


今と変わらない、当時の女学生達の生活。

今と大きく違う、当時の女学生達の生活。


同じ学舎で綴られた、先輩生徒達の言葉。

等身大に感じ、共感する部分と、想像だに

出来ない日常の記録に、おののく思いと。


私もかつて高校時代、OGの方達が7月の

暑い体育館で語られた「私達は勤労動員で

風船爆弾を作りました」という戦争体験の

お話が、今もありありと記憶に残っている。


その後、実年の生徒を教える中で出会った

最年長生徒の方から聞いた、女学生時代と

その方の御主人様の、壮絶な戦争のお話。


家にあっては、会ったことはない祖父が

銀行員から職業軍人となり、大陸に渡り

生きて帰ったものの、程経ずして結核に。


戦後数年の死でも戦死とはならず、祖母は

3人の子供のシングルマザーに。朗らかに

「タケノコ生活」なんて話していたけれど

嘆く間もなく、孤軍奮闘したに違いない。


軍国少年だった父は戦争中、長子だからと

弟妹と離れ集団疎開して、田舎の洗礼?を

受け、楽しくない子供時代を過ごしたそう。


戦争を知る家族と暮らす中で折々語られた

当時の話は、私の大切な財産となった。


もはや国民の9割が、戦後生まれとなり、

"キナ臭い".という言葉も死語となるのか。


不要となり死語となるのなら良いけれど

残念ながら、そうは全く思わない。


「平和を欲すれば、何をするべきなのか」

この問いに対し、様々に答える生徒達。

そして、私は・・・?


体験として語れる方達の言葉を聞き続け、

体験として語られた言葉を深く心に留め

その言葉を、折にふれ話題にすること。




♪ 〜自分を変えて、未来を変える、

  "はじめの一歩" をお手伝い〜 ♪ 

幼児~90代の方にピアノを教えながら

カサンドラ状態の方や機能不全家族の

お悩みに寄り添う "まりぃごぉるど" 

スタッフKai(カイ)と申します。


朝起きて、目に飛び込んだ、この言葉↓


 

私は、余りに心を動かしていなかった。

このお盆から、来るべき本卦返り

(数年先だけど。まだはもうなり)

に向けて、心を動かそう。


カサンドラど真ん中だった頃に較べれば、

今は無感動ではないが(寧ろ、自分では

ナーバス過ぎるのではとも思うけれど)


介護中も、その後も、先送りした雑事に

かまけ、仕事や、自分に関わる事にしか

心を動かさずにいたのではないかと反省。


結果。世の中にすっかり疎くなり、なのに

父を送って一年半余の今尚、何とかしよう

ともせず、余裕を欠いて過ごしてしまった。


2年後には還暦。事実上おひとりさま状態

の我身の来し方行末を、このお盆時期から

具体的に考える為の第一歩を踏み出そう。


と、何度となく決意していますが、遅々と

して進まず。諸々の取り戻しに汲々として

いましたが、先週で仕事も一段落。今こそ

私と、私の家のことを最優先に考えよう。


という訳で。まずは大型家具の処分をば。

愛着ある本棚ですが、今の私は手放せる。

達成感を味わうには、分かり易い、大きな所

から。家の中に、ドカンと風穴を開けました。


毎日のように人が出入りしている片手間には

なかなか、大々的に振り切れないのだけれど。


今週やらなければ、次のチャンスは年末。

初めの一歩は踏み出した。以後は有言実行で!


だからって出来なくても、良いのよ。一晩

ぐっすり寝てから、また決意し直せば良い。


あすなろと、笑わば笑え。

太陽でさえ、毎日沈み、でも朝を迎えれば

何度だって、毎日だって、生まれ変われる。


何とかしよう、何とかしたい!と強く思う

気持ちは、あるのだから。まー、そのうち

きっと、何とかするんじゃないかな(^^)


♪ 〜自分を変えて、未来を変える、

  "はじめの一歩" をお手伝い〜 ♪ 

幼児~90代の方にピアノを教えながら

カサンドラ状態の方や機能不全家族の

お悩みに寄り添う "まりぃごぉるど" 

スタッフKai(カイ)と申します。


週末ゲリラ豪雨に見舞われた、遠出の仕事先。

昨日の実年教室の皆様は一様にお疲れの様子。


更に凄まじい、熊本震源の大きな地震。

被災地の皆様は、繰り返す余震に慄きながら、

恐ろしい一夜を過ごされたに違いない。


朝になり、判って安心することもある反面、

朝になり、被害のさまが明らかになる事も

ありましょう。ボランティアに馳せ参じる

ことも叶わず、祈ることしか出来ませんが、

被害が少なく済み、余震が速やかに収まる

よう、はるかにお祈りしております。


にわかには全容が掴めなかった被害状況。

何に因らず、本来なら容易に全容が掴めない

までに規模を広げては駄目だと思うものの。


(まー自分の家その他の全容を未だに掌握

出来ていない私は、物を言う資格もないが)


最早この国は、絶えず気を緩める事も出来ず

緊迫感をもち過ごさねばならなくなったのか。


まるで日々、遭難多発の山道を歩むように

まるで夜毎、落石注意の崖下で眠るが如く


祈ることしか出来ませんが、謙遜に自然を

おそれ、平穏無事をお祈りしております。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ※ここからは不毛な愚痴となるので、心が曇ると

  思われる方は、読まずに流して下さいm(_ _)m


帰宅した夫に「大きな地震が起きたね」と

言っても「そうなの」と、うすらぼんやり。


「会見してるから、TVを観て」と言っても

ただ、ポヤンと目を当てて眺めているだけ。


事態を、話の意味を理解できていないのだ。


自分は今、別に困っていないから。この先

自分に何か困る事態が待っているとしても

今、困ってないなら、別に何の憂いもなし。


それは遠くの地の災害のお話だけではなく。

目の前にいる、法制度上家族と見なされる

私に対しても、同様に。


夫にとっては、自分でなければ、目の前の

縁ある者も、遠くに住む無縁の人も、同じ。

自分に損害がなければ、モウマンタイ。


若い頃から、結婚前から気付いていれば!


しかし、どんな人生の先達も見抜けなかった。

親類は勿論、親代わりを持って任じる有難い

師匠がたにも結婚前、引合せたのだけれど。


むしろ当時は、その様子は泰然自若とした

悠揚なる落着きや、老成にさえ見えたのだ。


実は、なーんも判ってなかったんだね。

実は、何も考えてなかったんだね。


人は人。自分と同じには、行かないから

しゃーない。でも、この手合いの人間は

有事の際に困る。防災は、想像力と思う。


このままだと、災害時に、こんな困難が

想定される。だから事前にこう備えよう。

と対策する事が、不可能なのだから。


どんなにシミュレーションしたって、実際

「こんな筈じゃなかった」「ここまでとは

想像だにしなかった」と、なるだろうに。


災害が起こる度、何か身の危険を感じた時、

言いようのない孤独と絶望を感じるけれど

それはまだ相手に期待がある証拠。甘えだ。


シビアな話だけれど・・・私は依然、甘い。

おひとりさま同然なのだという現実を直視し

肚を決め、自分と、愛鳥や周りを守らねば。


なんて殊勝なこと言ってますが、現実には

昨日私の部屋に現れて、咄嗟にパカ!!と

手近な容器のフタを被せて、うっちゃった

ままのクモ退治を夫にさせようとしている。


尤も最近は、より一層うすらぼんやりして

素早い虫に「あー。」と逃げられてしまい

結局、私が何とかするしかないのだけれど。


何とかしないと私が困るから、何とかする。

そうすると、まー、何とかなっちゃうので

夫は危機感も学習も何もないが、私は辛い。


目の前でへらへらする夫に歯噛みをする。


何のそれしき。下らない!とは言わないで。

これが、カサンドラあるあるな、日常です。