♪ 〜自分を変えて、未来を変える、
"はじめの一歩" をお手伝い〜 ♪
幼児~90代の方にピアノを教えながら
カサンドラ状態の方や機能不全家族の
お悩みに寄り添う "まりぃごぉるど"
スタッフのKai(カイ)と申します。
深夜まで残務と格闘した昨夜。でも、やった
だけの事はあり、今後の目処が立ちました。
今夜は、少し肩の荷を下ろし、早寝しよう。
でも、その前に、今日を偲ぼうと決めていた。
と思いつつ、睡魔に負け、寝落ちましたが
今なお、安らかな眠りに就くことも叶わず
国の行末を案じているであろう先人がいる。
あの、余りに美しい島は、そういう島。
この国の矛盾を、引き受けさせられて、
NOという自由さえ、許されなかった島。
犠牲だけは、事更に背負わされ、矢面に
立たされ、絶望の淵に叩きのめされた島。
それが、沖縄。そして、パラオ。
沖縄慰霊の日の前夜、今日のblogタイトルに
挙げた報道番組の特集名と併せて、画面右上
に掲げられていたのは「沖縄からパラオへ」
という、特集のサブタイトル。
かつて教師だった頃「パラオ諸島に楽器を
送ろう」というプロジェクトを目にして、
かの地に楽器を送ったことがある。
あれは、どんな筋からの話だったか。
部活でよく使っていた、楽譜出版社から?
いや、何か違うな。既に私の記憶さえ、
数十年の刻を経て、もはや曖昧だけれど
古い楽器を、南の島に送るという取組み。
壊れていても、古くても、修理して送ると
聞き、準備室に以前から置かれていた、
廃棄予定だった楽器を幾つか送った記憶。
楽器を担当していた部員達の手紙と共に。
生徒達は、知らぬ地に住み、楽器を手に
するてあろう未知の友達に呼びかける
ような親しさで手紙をしたためだけれど
私は、知らなかった。今に至るまで。
番組の中で、伝えられていたのは、多くの
邦人がパラオに移った。しかしその中には
明らかな序列や差別があったということ。
とりわけ沖縄からは、多くの移住者がいた
にもかかわらず、本土の人間より見下され、
危険な最前線に立たされ、犠牲を強いられ。
記憶が歴史になる前に、間に合ううちに。
体験した人が、まだいるうちに。今こそ。
この時を逃したら、間に合わなくなる。
聞かなければ。知らなければ。風化させる
ことなく今、先人の語りから学び、過ちを
二度と繰り返すことのないように。
なのに、世界は、そして日本は、ふたたび
過ちを繰り返しかねない方向へと舵を切り
向かっている。「歴史は繰り返す」なんて
言葉を、悲劇を繰り返す言い訳にしては
ならない。今こそ踏みとどまらなければ。
美しい沖縄の下には、想像を絶する悲惨と
今を生きる人達の、進行形のかなしみが
癒える事なく、積もり続けているのだと。







