うちには、天使がいます。179.友、危篤 | うちには、天使がいます。

うちには、天使がいます。

ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。

 


・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年6月20日、ゆかさんはカルボプラチン点滴の入院から退院しました。

ゆかさんには入院中に出会った、ふたりのがんの友人がいますが、
途中、やはり入院していた槙野さんに会うことができ、
ただ、18日に通院の予定だったもうひとりの友人、八神さんには連絡がつかず、
「どうしたんだろう、やっぱりつらいのかな」と心配していました。

2日後、22日、ゆかさんは思いつめたような顔でやまねこのところに来ました。
そして「どうしよう」と口を開きました。
「八神さん…意識なくなっちゃったんだって」
「え?」
「きのうメールしたんだけど、おともだちが見てくれたみたいで、返信くれたの」
そう言って、メールを見せてくれました。

「勝手にすみません。友人の梶谷です。
八神さん、1週間少し前から良くなくて意識があまりなくて、でも、頑張ってます。
心配されてると思うので、勝手に返信させていただきました」

簡潔なメールでしたが、それでも今の状態はじゅうぶんに伝わってきました。
良くない、とは聞いていたけれど、ひと月前までは普通にメールのやりとりもしていたのに、

「どうしよう?いちおう会いに行きたいけど難しいですよねって返事出しておいたけど」
「梶谷さんっておともだちがついてるのかな。その人がいるときなら会いに行けるのかも。
とりあえずお返事待ちましょう。意識戻るの祈って」
「うん、そうね。それしかできないね」

八神さんは、やまねことゆかさんのうちからそれほど遠くないところで、
それでも車でなくては行きづらいくらいの距離の場所で、独り暮らしをしていました。
ときおりふたりの弟さんが来てくれて、通院の付き添いなどしてくれるようでしたが、
ゆかさんの話によると「あんまり部屋見せるの好きじゃないらしいの」というわけで、
八神さんのうちまでお見舞いに行ったことはなかったのです。


ゆかさんなりに考えて考えた末だったのでしょう、
3日後、27日にゆかさんは八神さんあて(実際は梶谷さんあて)に、
「5分でもいいから会いにいくことできますか?」とメールしたようでした。
すると、今度は八神さんの弟さんが見てくれたようで、電話がかかってきて、
ゆかさんは気づかなかったけれど履歴が残っていたようで、
「ねこさん、代わりに電話してもらっていい?」と訊かれました。
「わたし、うまくしゃべれないから」
「うん」

ゆかさんがかたわらから訊いてほしいことを伝えてくれて、
それに従ってやまねこが会話しました。
八神さんの弟さんは電話がきたことを喜んでくれて、
「ぜひ来てください」と言ってくれました。
「八神さんの部屋はナンバーロックなんですが、番号お教えしますので、
ご自由に入ってください。
訪問看護師さんなんかも来たりしますが、よかったら来て、手を握ってお話してあげてください。
きのうは少し反応もありました。会話することはできませんが、伝わると思います」
部屋の詳しい生き方を訊き、電話を置きました。
「あした日曜日だから、車出せるよ。行く?」
「うん、行きたい」ゆかさんはすがるように言いました。


翌日は朝から雨でしたが、午後、雨があがるのを待って出発しました。
八神さんのアパートは、すぐに見つかりました。
部屋は2階です。
少し急な階段を、「八神さん腰痛いのにここひとりで上り下りしてたんだね」
と言いながら上り、ナンバーロックを回して部屋のドアを押すと、開きました。

中には立って動く人は誰もおらず、しんとしていました。
間取りは1DKで、奥の部屋に、介護ベッドの上に八神さんは横になっていました。
目は閉じており、口は半開きでしたが静かに寝息を立てていました。

ゆかさんは手を握って、「八神さん、八神さん」と呼びかけました。何度も何度も。
そして携帯を出して、「八神さん好き言ってたニック・ロウだよ」と言って、曲をかけました。
「あと、ヒューイ・ルイスのコンサート行った言ってたの、これかな」
youtubeで探したようです。
八神さんはときおりぴくりと指やまぶたを動かしました。
「聞こえてるのかもしれないね」
「うん、きっと聞こえてる思う」
「伝言ノートがあるよ。看護師さんもだけど、いろんな人が書いてる。ゆかさんも書いていく?」
「うん」
ゆかさんは八神さんへのメッセージをしたため、
そのうち訪問看護師さんが来て、いろいろお話を聞きながら邪魔にならないように見守りました。
看護師さんは「モルヒネでほとんど意識ない時間が多いんです」と言いました。
「一週間前くらいはたまに目が覚めたときにお話もできたのですが…」

やがてゆかさんは「あんまり遅くならないうちに行こうか」と言いました。
「梶谷さんメールで夜来る言ってたから会いたかったけど、何時になるかわからないし」
「うん」
やまねこはゆかさんの思うとおりにしてほしい、ただそれだけで、
自分からはほとんどなにも言わなかったのです。

「来週末また来よう」
「そうね」
八神さんのアパートは川沿いにあり、広い空が暗くなりかかっていました。
「きっと伝わったよ」
「うん」





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先週末、下北沢ラグーナでのLIVEも無事に終わり、
6月最初のLIVEは11日です。

2024.6.11(Tue.)at 祖師ヶ谷大蔵エクレルシ
「雨のち晴れ」
OPEN18:30/START19:00/CHARGE\2,200+1D
☆やまねこの出演は5組中2組め、19:35からです。
 配信視聴はこちらから(無料・投げ銭制)→
 https://www.ecllive.com/live-schedule

今年は梅雨前から雨が多いような気がしますが、
いい天気になりますように。