うちには、天使がいます。175.初夏の猫たち | うちには、天使がいます。

うちには、天使がいます。

ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。



・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)



2020年5月23日。

ゆかさんはカルボプラチン点滴のから退院し、
ふたたびやまねことの生活に戻りました。
翌週の火曜日からは訪問看護師さんが、続いてリハビリの作業療法士さんも来てくれるようになり、
コロナ下での生活も、少しずつ元に戻りつつあるように見えました。
やまねこはあいかわらず仕事をしつつごはんを作ったり洗濯をしたり、
合間にファイトケミカルスープを作ったり霊芝を煎じたり、
休日には買物に行ったりと家事をこなしていましたが、
ゆかさんのやまねこに対する当たりは、次第にきついものになってきました。

たとえば、やまねこが買物から帰り、
大荷物をリビングに運んで、たまたまゆかさんが喜びそうなものを見つけて買ってきたのを、
「ほらほら、こんなの売ってたよ!」と見せようとすると、
「手洗った!?」と金切り声を上げるのです。
「いや、まだ…」と答えると、
「なにか触る前に、洗って!」と言うのです。
正論なのはわかるのですが、「どっちみち買うときにべたべた触ってるのに…」と、
いくばくかの理不尽さを感じたりもするのです。
そしてそのあと、買ってきたものをすべて消毒用アルコールで拭くのですが、
それはゆかさんもいっしょにやってくれました。
(もっともその頃はアルコールを見つけて買うのもたいへんでした)

洗濯のときも、こんなことがありました。
ベランダには、リビングと和室の両方から出られるのですが、たまたま洗濯物を干しに出るとき、
リビングから出ようとしたらサンダルが和室のほうにあったことがありました。
面倒なのでそのままリビングから出て、はだしで数歩歩いてサンダルをはいたのですが、
ゆかさんは「きたない!はだしで歩かないで!」と叫ぶのです。
たしかに正論ではありますが、「サンダルだってずっと雨ざらしなのに」と、
いくばくかの理不尽さを感じるのです。
気を取り直して「天気いいから今日はおふとんも干そっか!」と言い、
ふとんを手すりにかけて、はたきを持ってきてはたきだすと、
「そのはたき、汚いやつでしょう!」とまた怒られます。
「汚くないよ…」すっかり悲しくなってしまいました。
なんとか気持ちを落ち着かせて「取り換えてくるね」と部屋に下がりました。
「ダメ出しばっかりだ。これじゃ精神的にまいってしまう」

やまねこはできることはできるかぎりしているつもりでした。
働いて家計を支え、家事全般をこなし、
コロナを持ち込まないために、職場まで片道7km以上歩いて通ったりもしていました。
そしてゆかさんに対しては「決して責めるようなことは言わない」
「何を言われても決して言い返さない」と決めていました。
きつい言葉を使うことは、必ずゆかさんの心に悪い影響を与えるからです。
なのにゆかさんはなぜいつもいらだってしまうのだろう?
病気のこともあるのかもしれないし、
(卵巣を切除しているので)更年期的なものもあるのかもしれない。
あるいはやまねこが昼も夜もいっしょにうちにいるようになって、
一種の閉塞感みたいなものを感じているのかもしれない…

少しでもゆかさんの心が溶けるような、いいことはないだろうか。
外に行くにしても、このあいだ歩いて失敗しているし。
「やっぱり猫に会いにいくのがいいか」ということに落ち着きました。
「大きな河沿いのにゃんこたち、まだいるかな、会いに行ってみよう」
ゆかさんは「うん、行く」と言いました。
「仕事終わってからだから夕方になっちゃうけど、ちょっと行ってみようよ。
準備しておいて」
すっかり日は長くなっていました。17時過ぎに出発します。

うすぐれ時の河のそばに、果たして二匹のにゃんこたちはいてくれました。
いつもゆかさんのひざに乗ってくれる人懐こいにゃんこ。
よく似ているけれど、なでさせてくれるのが限界のにゃんこ。

ゆかさんがベンチに座ると、いつもの子はさっそくひざに乗ってくれました。
「あれ?どうしたんだろう背中?真ん中にバリカンで剃ったあとみたいになってる。
いたずらされたのかな」
近くにいた壮年の女性が、声をかけてくれました。
「皮膚病になっちゃったんです。それで動物病院につれていってね」
「そうなんですか!いつもお世話してくださってるんですか」
「はい。ここらへんの地域猫のお世話させていただいてます。
毎日見にきて、水とごはんをあげて」
「支えてくださってるんですね。じぶんたちなんかはたまに来て、
きまぐれにおやつをあげたりするだけですが…」
なんだかじぶんたちがすごく身勝手なように思えてきました。
「この子たちは、ずいぶん前からいるんですか?」
「もう3年になりますかね。いっしょに捨てられててね。きょうだいなんですよ。
それを避妊手術して、ずっとお世話してるんです」
「こんな人懐こい子を、捨てる人もいるんですね」

ちょうどそこにいた親子連れの、小さな女の子が、
ゆかさんのことをすごくうらやましそうな目で見つめているのに気がついて、
「ゆずってあげようか」と促すと、ゆかさんは猫を地面に置き、
女の子は無心になではじめました。

「なんかじぶんがお礼を言うのも変ですが、ありがとうございます」
「いいえ」女性は自転車で帰っていきました。

帰り道、ふとゆかさんに言ってみました。
「ねこ飼うとしたら、あの子たちお迎えできないかな?
今までずいぶん癒してもらっておいて、いざとなったら別の子を飼うって、
ちょっと考えられないかもしれない」
ゆかさんは「うん、いいよ」と言いました。
ただ、いつになるのか―ゆかさんの病状が落ち着いたら、というのは、いつになるのか―





゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚





あっという間に連休も最終日。
今夜はLIVEです。

2024.5.06(Mpn.祝)at 祖師ヶ谷大蔵エクレルシ
「五月に薫る風」
OPEN18:30/START19:00/CHARGE\2,200+1D
☆やまねこの出演は4組中4組め、21:00からの予定です。
 配信視聴はこちらから(無料・投げ銭制)→
 https://www.ecllive.com/live-schedule

連休最後の夜、いっしょに楽しめるとうれしいです。
お会いできますように。