うちには、天使がいます。139.冬の散歩道 | うちには、天使がいます。

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ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。

 


<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2019年12月11日にがん再発(がん性腹膜炎として)の宣告を受けて以来、
生活的にはそれ以前となんら変わるところはないのですが、
再発という現実がゆかさんの中に影を落としているのは間違いありませんでした。

週末が来て、12月14日、
やまねこはゆっくりめに9時過ぎに起きました。
ゆかさんはまだ寝ていましたが、すぐに目が覚めたようで、
上体を起こそうとして、なかなか起こせずにいるようだったので、
手を握り、首のあたりを抱えて起こそうとしましたが、
涙を流しているのがわかりました。

がんというものに対して、じぶんはゆかさんに何もしてあげられない。
最初に入院したときと同じように、手を握って言葉をかけて、
少しでも安心してもらうこと以外。
しかも、そのときは完治の可能性もあったけれど、今はもうその希望もないのです。
「いいお天気だよ。朝ごはん食べたら河までお散歩言ってみる?
ほら、前にゆかさんが話してくれたお気に入りの散歩道」
ゆかさんは「無理だよ」と言いました。
「おなかも腕も(点滴を取ったところ)痛いし、右脚も痛いし」
がんは今回も血栓をつれてきました。からだ中に影響が出ているのです。
それでもやまねこが朝ごはんの準備をする間、
ゆかさんは洗濯機を回してくれました。

朝ごはんはゆかさんの食べられそうなもの、蒸しパンとヨーグルト、
それから今日はあたたかいので冷たい野菜ジュース。
そのうち洗濯が終わり、ゆかさんは「私、洗濯物吊るすよ」と言ってくれました。
「大丈夫?それじゃお願いして、やまねこ洗い物するね。
外に干しに行くのはやまねこが行くからね」
ゆかさんは洗濯物をハンガーに吊るし、片手に杖、片手に洗濯物を持って、
洗面所から出てきました。
いっしょけんめいによちよち歩いているのを見ると、
思わずやまねこも涙が止まらなくなりました。
「ありがとうゆかさん。ここからはやまねこが代わるよ」

そのあとゆかさんはしばらくTVを見ていましたが、
お昼ごろになってゆかさんのほうから「お散歩行く?」と訊いてくれました。
「大丈夫?」
「うん、今日あたたかいし大丈夫そう」
「それじゃお出かけしてみよう。歩けなさそうだったら早めに引き返してこようね」
着替えて着込んで準備して、
13時ころになってうちを出ました。
日差しはあたたかいけれど、少し風の強い日でした。
慎重に慎重にゆっくりゆっくり、しばらく車道を歩いて、河に向かう小道に入ります。
「ここ市民プールね。子供のころよく来たよ」
「へえー。冬でも水張ってあるんだね。カモがいるね」
人気のない、静かな静かな午後でした。
やがて河沿いの土手に着き、
段の高い階段を上って、土手の上に出ました。
ゆかさん一人では登れないので、やまねこが腰を支えて手助けします。

一気に風景が開けて、風も強くなりました。
「わあ」ゆかさんは少しよろけて、目を細めました。
「少し休憩する?」
土手の上の自転車道脇のベンチに、ふたりで腰を下ろしました。
目の前には大きな河が音を立てて流れています。
「こんなに早くここ来れる思ってなかったね」
「うん、やろうと思えばなんだってできるよ。もちろんできるペースでね」
言葉を選びながら、答えます。

「そろそろ行く?」「うん」
今度は川沿いをしばらく歩いて、うちのほうへ戻ります。
「お昼どうしよう」
「うん、久しぶりにおなかすいたかんじするよ。レタスサンドなら食べられそうかな」
「それじゃいっぺん帰ってからコンビニ行って買ってくるよ」
帰りもゆっくりゆっくり、時間をかけて帰ってきました。

「それじゃうちでちょっと待ってて」
やまねこはコンビニまでお昼を買いに行き、
けっきょくレタスサンドは見当たらずミックスサンドを買ってきたのですが、
ゆかさんはふたつ分しっかり食べてくれました。

そのあとゆかさんは月曜からの入院の準備に取り掛かり、
それからお風呂、そして夕食まで、
ずっと笑顔で、とても落ち着いていました。
こんな日がずっと続けばいいのに―

ただ、寝る前に「痛い」と言いだしてロキソニンを飲みました。
ベッドに入ってからも「胸が苦しいの」と言っていましたが、
しばらくして眠りに落ちたようでした。

夜中にもいちど「苦しい」という声が聞こえてやまねこも目を覚まし、
「ゆかさん?大丈夫?」と呼んだのですが答えがありませんでした。
翌朝訊いてみても、覚えていないようでした。
よかった。少し胸をなでおろすやまねこなのでした。





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今週金曜日。9月1日に、
ゆかさんが亡くなって3回めの命日を迎えます。
もう3年もたつのか、早いな、と思うと同時に、
まだ完全には立ち直れていない自分と、まだ書き終えないblog.にもどかしさを感じたりもします。

そんな9月1日に歌わせていただくことになりました。
2023.9.1(Fri.)at 祖師ヶ谷大蔵エクレルシ
「夏の暮れに見る景色」
OPEN18:30/START19:00/CHARGE\2,200+1D
☆やまねこの出演は4組め、20:45からの予定です。
 配信視聴はこちらから(無料・投げ銭制)→
 https://www.ecllive.com/live-schedule

ゆかさんに届くように、思いをこめて歌ってこようと思います
みなさんにもぜひお会いできますように。