自分の部屋に戻ってスマホを見ると母さんからメッセージが届いていた。母さんが家を出て行った当初よりも、少しメッセージが送られてくる頻度が高くなった気がするけれど、それが二人の関係がいい意味で落ち着きつつあるからなのか、それとも一時の情熱が冷めてすきま風が吹き始めているからなのか、私にはわからないし興味もない。

 

 若い二人が周囲に反対されて駆け落ちをしたというのであればともかく、大学生の子供がいる母親が家庭を捨てて出て行った場合、通常であれば対外的にはひっそりと暮らしていくものではないかと思うのだけれど、母さんは真逆だった。

 

 「あの人(つまり父さん)には申し訳ないと思う。でもどうしようもなかった」とかいう安っぽい歌謡曲の歌詞みたいなフレーズから始まり、初めて彼氏ができた高校生のようなSNSの投稿を連発していた。

 

 仲のいい友達と思しき人と「エミリのことが心残り」「きっとエミリちゃんもいつか分かってくれるよ」といった電話で済ませればよい会話をどうしてSNS上でする必要があるのか私にはわからないし、二人で行った温泉旅行で、どんな風に「お熱い夜を過ごした」のかを全世界に向けて公開されて喜ぶ思春期の娘がいるとでも思っているのだろうか、そのあたりも理解に苦しむ。

 

 もちろんそんな投稿を私は見ていないし、これからも見るつもりはない。母と私の共通の知り合いが「あなたも大変ね」と言いながら、お節介にも投稿について事細かに話してきたので内容を把握しているだけだ。私にとっては拷問のような時間だったけれど、投稿に「羨ましい」とリプライをしつつ、仲の良いふりをしている取り巻きたちが、内心では母さんを馬鹿にしていることだけはしっかりと伝わってきた。

 

 私が母さんと距離を置いているのはこういったことだけが原因ではない。

 

 母さんに「父さんと暮らす」ことを告げた日、「本当にそれでいいの?」と母さんは私に聞き返した。でもその前にほんの一瞬、ほっとした表情が浮かんだことを私は一生忘れない。