次の週末もクズヒコは千円ほど残っていた残高から馬券を買っていた。見事に外したらしく、残高が62円となった通帳を見て父さんは「これでもう馬券は買えない」と安堵したように言った。

 その瞬間に父さんのスマホが鳴った。「トリネ総合病院」という表示を見て、私と父さんは顔を見合せた。

 

 もしもクズヒコに万一のことがあった場合、父さんは何をすることになるのだろうと思いながら、緊張した面持ちで電話に出た父さんの受け答えを私は固唾を飲んで見つめていた。

 

 「え?どういうことですか?」と父さんは怪訝な顔をしながら看護師さんの説明を聞いていたけれど、「本当に申し訳ありません。本人にきつく言い聞かせますので」と父さんは言い、最後に「本当に申し訳ありません。明日中に必ずお伺いしますので」ともう一度謝って電話を切った。

 

「どうしたの?」と尋ねた私に父さんは「クズヒコ宛の宅急便が届いているから取りに来てほしいんだって」と憮然とした表情で言った。

 

 どうやらクズヒコは親戚の香典返しか何かでもらったカタログギフトで選んだ商品をナースステーションに届けさせたらしい。

 

 「場所を取りますのでお手数ですが取りに来ていただけませんか」って言われたよ。

 「どうしてそんな非常識なことができるのかな?」

 「本人が非常識なことだと思ってないからだろうね。これからはもう病院に説明を受けたり、洗濯物を届けたりしに行きたくないなあ」と父さんは言った。

 

 次の日、仕事の合間に宅急便を受け取りに行った父さんは病室にリモートでつないでもらい、周囲の看護師や医師、ソーシャルワーカーさん達がドン引きするほどクズヒコに怒鳴り散らしたらしい。

 

 「大変だったね」と私が言うと、「悪い知らせがある」という答えが返ってきた。

 

 「容体が悪化してたの?」

 「いや、元気になりつつある」

 

 私は最初、父さんが冗談を言っているのかと思ったけれど、次の言葉を聞いてその意味を理解した。

 

 「看護師さんの話によれば、退院しても、今までみたいに一人で暮らすのは難しいんじゃないかってことだった」