頑張れ!父さん その18

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「調子はどう?」「元気?」

 母さんからのメッセージはそんな感じで始まる。私が「元気」や「はい」といった短い返信をすると、母さんからやや長めのメッセージが送られてきて、最終的に「今度ごはんでも行かない?」と誘われることになる。

 母さんと食事に出かけるのは3ヶ月に1度くらいだ。前は月に一度だったけれど、正直気が進まないのでなんやかんや理由をつけて最近は断ることが増えている。でも今回は3回続けて断っていることを指摘されて、しぶしぶ了承してしまった。

 

 もちろん母さんがしたことを許せないという気持ちは一生続くだろう。でも母さんとの食事に前向きになれないのはそれだけが理由ではない。

 

 駆け落ちして出て行った後に初めて食事に呼ばれたとき、母さんはまるで新しいおもちゃを見せびらかす子供のように、買ってもらったブランド物の服やバッグをこれ見よがしに身に付け、おそらくは高級な香水をこれでもかと振りかけてきた。どういうわけか隣には駆け落ち相手のバカ息子も座っていた。

 

 「どう?」と感想を求められたので、「新しいトイレの芳香剤を開けたときみたい」と私は素直に答えた。

 

 母さんが悲しそうな顔をしてバカ息子の方を向くと、バカ息子は得意げにその香水のブランド名を私に教え、「エミリちゃんも年頃なんだから、このくらいはたしなみとして覚えておいた方がいいよ」と言った。

 

 私は高級品を「与えることができる」自分を見せたいという気持ちが透けて見えるようなその態度に吐き気がした。

 

 「香水って通り過ぎてしばらくしてから、何かいい香りがするっていう程度につけるものだって聞いたことがあるんですけれど、違うんですか?」と私が尋ねると、バカ息子は顔を少し赤くして下を向いた。父さんが何年もずっと大切に使い続けている、税務士事務所の開業祝いにもらったというワニ革のキーホルダーのことを考えながら、私はその何とかいう高級香水もこんな人たちにこんな風に使われて気の毒だなと思った。

 

 私はいつものようにジーンズにTシャツ、ほぼすっぴんというラフな格好で出かけた。もちろん高級ブランドで全身を固めた母さんに対する当てつけだ。でも同時に「悪趣味な成金を描いて」とAIに尋ねたら、そのまま画像として提示されそうな母さんの姿と足して2で割れば、ちょうどバランスが取れるのではないかと個人的には思っている。

 

 指定されたレストランに着くと、母さんはもう席に座っていた。珍しくブランド物の洋服ではなく、うちで一緒に暮らしていたときのような服装だった。少し挨拶代わりの言葉を交わした後、母さんは唐突に「父さんは元気にしてる?」と父さんの話題を出した。

 私は少し驚いたけれど、「うん。元気だよ」と答え、少し意地悪な気持ち半分、本音半分で「前よりも格好良くなった気がする」と付け加えた。

 「そう」と母さんは静かに頷き、「クズヒコの世話をしてるんだって?」と続けた。

 「あの人は昔から苦労を背負い込むから」と呟くように言って、父さんの高校時代の話を始めた。

 母さんによれば、父さんが高校1年か2年の時、クズヒコが借りていた駐車場の料金を3ヶ月ほど滞納し、地主さんが取立てに来たことがあったらしい。クズヒコを怒鳴りつける様子を聞いていた父さんは同級生のお父さんだという地主さんに頭を下げ、自分の手持ちのお金でクズヒコが滞納した駐車料金を支払った。

 「修学旅行のお小遣いのために貯めてたお金だったんだって」と母さんは言った。

 「その修学旅行のお小遣いはどうしたの」と私が尋ねると、「2ヶ月ほどお昼を抜いて、誰にも言わずにその埋め合わせをしたみたい。5時間目や6時間目が体育だと本当にきつかったって昔、話をしてくれた」と母さんは教えてくれた。

 「クズヒコは『申し訳ない、必ず返すから』ってその場では謝って、結局いつものように踏み倒したらしいわ」

 

 そこまで話すと母さんは少しずつ近づいてきた私の就職活動などへと話題を変えた。

 

 母さんがどうして急にそんな話をしたのかは分からない。私は少し前まではさっさと破局して母さんもバカ息子も不幸になればいいと思っていた。でもその日の帰り道、別れた結果、母さんがうちに戻ってきたいと言い出しても困るなと考えている自分がいることに気づいた。