あれは何年前になるだらうか。
中学の数学教師なりたての私が初めて担任になった1年生のクラス。
情熱と希望に満ち溢れた24の春だった。
苦労しながらも団結して乗り越えていく姿に胸をうたれたのを今でも覚えている。

時が過ぎるのはとても早かった。
生徒たちは日々成長する。
時にぶつかり、時には涙した。
それを乗り越えた先にある喜びや感動も知り、また1つ大きくなる。
彼等の成長は、私に生きる喜びと素晴らしさを教えてくれた。

そんな子供達も卒業する。
中学というまだまだ子供な生徒たちが、大人への第一歩を歩みだすのだ。
嬉しくもあり哀しくもある。
しかしそれが教師の定め、これから何百、何千という生徒たちを見送るのだろう。
そんな想いに浸りつつ、素晴らしき卒業式を涙隠して見届けた。
最後くらいは笑顔でと。
しかし、最後の最後でクラス代表の嗚咽混じりのメッセージに、私は涙した。
「先生泣いちゃったよ」
クラス一のお調子者がちゃかすが、彼のひそかに濡れた頬に私は笑ってしまった。
私は素晴らしい生徒たち出会ったことを誇らしく思った。

別れの時は止まることを知らず、生徒たちは名残惜しそうに教室を去って行った。
あの子たちはどんな人生を歩むのだろうか。
願わくば、あの純な心が染まらず幸せな道を歩めるように。
そんな想いを馳せながら教室を去ろうとしたその時、一人の女子生徒が入ってきた。
小柄で、まだあどけなさの残る少女は私の前にやってくると綺麗な箱を取り出した。

「先生、ありがとうございました。これ受けとってください」

そう言うと、私の手にそれを握らせ逃げるように出ていった。
なんだろうと可愛いらしいラッピングを外すと、中からチョコレートとカードが出てきた。

『生徒でなくなった今日、2月に渡せなかったチョコを贈ります』

驚きを隠せなかった。
教師としてではなく、一人の男としてあの子は見ていたのかと。
本気の恋ではないだろうし、錯覚していたのかもしれない。
それでも、私は好かれていたのだと思うと嬉しかった。
綺麗なハート型のチョコを一口。
それはとても苦かった。
それはそれは苦かった。
これはチョコかと思うほど苦かった。

「カカオ90%のチョコはおいしい?」

にひひとイタズラな笑みを浮かべる少女が窓越しに聞いてきた。
何ということだ、私の感動を返せと言おうとした瞬間

「私は3年間味わってたんだよ」

来年またくるねと言い残し、ひらりと背中を向け走り去っていった。

あれから何年経っただろう。
今日は3月1日、私の手にはチョコレート。
一口食べると甘かった。
それはそれは甘かった。
これは砂糖かと思う程甘かった。
あの時から甘さを増したチョコにむせる私の背中で、妻は変わらずにひひと笑った。
会う約束をしていた。
相手の仕事が終わるまでまだかまだかと待っていた。
電話がきて急いで出たけど悲しい内容。
「友達に呑みに行こうと誘われたけど行っていいかな?」
この人は私が断らないのわかってて聞いているのか。
「大丈夫だよ」
この言葉の本当の意味を相手はきっと知らない。
泣きそうになりながらいってらっしゃいと告げた。
「明日会おう」
そういわれたけど日曜に会う約束しているし、別にいいよと答えた。
それでも会おうと言われた。
私は肯定も否定もしなかった。する気になれなかった。
愛してるよ、大好きだよ
嬉しいはずのその言葉に、また泣きそうになった。
会う約束は相手からしたもの。
だけど会いたいというのはきっと私の我侭なのだと思えて、悲しくなった。
相手を束縛したいわけではないし、相手にとって大切な男友達だ。
それにあっちのほうが付き合いは長いし、ほかの日に会えるわけだし。
毎日電話やメール、会うことを強要する気はない。
だけど今はだめだった。私はたまに情緒不安定になる。
そして今まさに、情緒不安定。
あとで連絡するといわれたけど、私はちゃんと返せるだろうか。

こんな自分が嫌になる。
消えてしまえばいいのに。
この想いが強くなって、相手に迷惑かける前に
私という存在が消えてしまえばいい。
その後何度かメールのやりとりをしました。
伝えたいことがあると言われました。何か聞いても直接会って言いたいんだ、と。
そして次の日、私たちは映画を見に行きました。
相手が仕事終わってからだったので、夜中に見に行くことになりました。
見たのはバイオハザードの3D。ゲームとはやっぱり違うのかと思いながら見ていると
カツン、と何かが落ちる音がしました。相手の携帯でした。
映画が終わってから面白かったねと話しながら帰ったのですが、相手は多分少し寝ていたのではないかと思います。
それでもたくさん話してくれたことに感動しました。
いつも送ってくれる場所。いつもならすぐにさよならするのですが、その日は少し話すことになりました。
日付も変わり、10月1日。「付き合ってほしい」そう言われたのです。
告白されるとは思ってもみませんでした。私は自分が愛されることはないと思っていたからです。
戸惑いはありました。でも、私は彼に恋していました。
そのとき何を言ったかは覚えていません。
ただ、彼が手を握ってくれたこと、その手にキスをしてくれたことは覚えています。

今付き合って4ヶ月経ちました。
私はあの頃より彼を愛しています。
好きすぎて、きっとおかしくなってます。
前より余裕がなくなりました。
前より他人に優しい気持ちで接することが出来ません。
私は表に出しませんが、心はきっと誰より醜くなりました。
このことは彼には言えません。
嫌われるのが恐いのです。
だけど私はいい子にはなれません。
なる気もありません。
自分が嫌になるほど、私の想いは強すぎます。
だけど彼に愛されるためならば
私は独り泣き続けます。
一番嫌いな“私”という存在を
受け入れていきます。