私が小学校に通っていたのは1980年代。関東地方の公立小学校である。
在学した6年間で、実際に目にしたもののほか、伝聞を含めれば、少なくとも10人近い同級生が校内でトイレを失敗していた。
記憶の限りでは、
1年生4人、2年生4人、3年生3人。
1クラス40人で、4クラスあったから、単純計算で160人中10人。
このうち7人は、大きい方の失敗だった。
これが世間的に多いのか少ないのか、わからない。統計などないからだ。
1年生の時、同じクラスのT君が大きい方を漏らして早退した。休み時間中に、異臭がして、その元が彼だった。呆然とした表情だったのを覚えている。
2年時は、同じクラスのN君が、授業終了と同時に、おしっこを漏らした。トイレに駆け込もうとして席を立った時が限界だったようだ。心優しい女子児童が、雑巾で床をふいてあげていたのが印象的だった。なかなか、できることではない。私はといえば、目の前で起きた出来事にびっくりしてしまい、突っ立っていただけだったのだから。
3年生の時は、昼休みに校庭で遊んでいる私たちに、やんちゃなクラスメイトの男子が「Sがうんこ漏らしたぞ」と笑いながら「通報」してきた。教室に戻ると、普段はひょうきんなS君が、やはり呆然とした表情で、椅子に座っていた。担任の男性教員がかけつけ「なぜトイレに行かないんだ」と怒っていた。担任のセリフはもっともだが、しょげている子を怒ることはないじゃないかと思った。
同じ年、隣のクラスのY君は、廊下で力尽きてしまい、クラスメイトどころか学年中に見せたくないはずの姿をさらしていた。私が見た時は、彼は廊下に座り込んでいた。その周りには液状の便が広がっていた。気の毒に、おなかを壊していたのだろう。そこにやってきた年配の女性教員は、取り巻くように眺めていた児童たちを「見るな。教室に帰れ」と怒り、泣きじゃくるY君に、「お腹が痛かったんだね。大丈夫だよ」と優しい言葉をかけて、後始末を手伝っていた。
ここまで、全員が男の子の話である。
そこに、なぜこうした悲劇が起きてしまったのかのヒントがある。
追って詳述しようと思うが、背景、というより要因は、「男の子が学校で個室に入ると、からかわれる」という悪しき慣習である。
授業中にトイレに行きにくい条件は男女一緒。なぜ男の子ばかり?となれば、上記の理由が最も大きいと推測できる。
同様の慣習は、書籍やブログ、新聞記事などでも触れられており、どうやら日本のあちこちで起きている、それもかなり昔からあることらしいのだ。
だれがいつ、なんのために、どんな理由で、こんな悪習を始めたのか。おそらく、どれもはっきりしないだろう。明文化されるはずもない。
これまで書籍や記事で紹介された事例にふれつつ、これらの「なぜ?」を問うていこうと思う。
この10人の中には女の子もいた。1年生の時に小、3年時に大のお漏らしをしていた。ただ、大人になって気づいたのは、彼女は「場面緘黙」だったのではないか、ということだった。授業中に先生に当てられると固まってしまい、真っ赤な顔をして、一言も話せない。普段も口数が少なかった。他の生徒以上に、トイレに行きたくても言えない、ハンデがあったのかもしれなかった。
もちろん子供は(おそらく教員も)、そんな事情は理解できていなかっただろう。トイレに行きやすい環境を作るということは、彼女のような子供を救うことにもなる(自由に離席できれば、大勢の前で発言しなくても済むから)。だからもっと、教育現場が排泄に寛容になってほしいのだ。