茨城県のニュース(授業中のトイレを巡って教員が不適切な指導をした事案)を知って、自分が子供の頃、友人から聞いた話を思い出した。笑い話のようであって、実はひどい、人の尊厳を傷つけるような話である。

 

 その話を聞いたのは、中学生の時だった。

 中学1年生だった私は、同じ小学校に通っていた同級生の女子生徒から、授業中のトイレについての話を聞いた。

 どんな文脈で、なぜそんな話をしてくれたのか、今となっては思い出せないが、内容がちょっと驚くような話だったので、記憶に残っている。

 

 その女子生徒が小学4年生だった時のこと。

 ある日の授業中、急にトイレに行きたくなってしまった。

 「おしっこがしたくなって、しばらく我慢して授業を受けていたんだけど、どうしても我慢ができなくなったの。それで先生に、トイレに行かせてください、って言ったら、『なんで休み時間に行っておかないの?』と怒られて、これは行かせてくれない、我慢しろと言われるんだと思って、すごく困った」。

 この担任の先生は、年配の女性だった。体罰はふるわないが、厳しい指導をする人だった。

 

 しかし、この担任は、彼女の予想に反して「仕方ないわね、行ってきなさい」と、退出を許可した。

 と、同時に条件を出した。「トイレに行ってもいいけど、3分以内に教室に帰って来なさい。これからみんなで数を数えます。それまでに帰って来なさい」。予想もしない条件だった。

 その女の子は「え?って驚いたけど、すぐにクラスのみんなが先生の合図で『1、2』と数え始めるもんだから、大慌てで走ってトイレに行って、帰ってきた。とても恥ずかしかった」と振り返った。

 この話を、その女の子は、顔を赤くしながらも、笑って話していた。小学生時代の、ちょっと困ったユニークなエピソード、くらいにとらえているようだった。基本的に、明るい、楽天的な性格なのだろう。

 

 しかし、私は、あまり笑えなかった。

 私が同じことをされたら、ひどく傷ついたと思う。

 我慢が限界の状態で、カウントダウンされながら、用を足すなんて、屈辱的ではないか。

 

 気の小さい、恥ずかしがり屋の子供であれば、どうだろう。

 プライドの高い、他人に笑われるのが嫌な子供であれば、どうだろう。

 このシーンを見たあとに、授業中にトイレに行きたいと申し出ることができるだろうか。

 我慢してしまうのではないか。

 そしてもし、我慢できなかったら……。

 さらにひどく自尊心を傷つけるような事態が待っている。

 いじめや不登校につながってしまうかもしれない。

 この担任教師は、そこまで想像できないのだろうか。

 子供たちの自尊心を害してまでも、規律=授業を中断させない=を守ろうとしていたのだろうか。

 

 1980年代、関東地方であった話である。

 授業中のトイレに不寛容な学校だった。

 その他の地域では、どうだったのだろうか。

 おそらく似たり寄ったりだったと想像する。

 

 なぜか私に「昔話」をしてくれた彼女は、トイレに行きたいと申し出る勇気と、屈辱を笑いに変えるタフさを兼ね備えていたから、事なきを得た。もし勇気がなければ、それ以上に屈辱的な経験をしてしまい、とても「昔話」をする余裕はなかっただろう。学校に来れなくなっていたかもしれない。それくらい、トイレに行けるかどうか、というのは、人生に影響しかねない問題といえる。

 

 次回以降、私が見聞きした出来事をつづっていく。勇気を出せず、恥ずかしい思いをした子供たちが何人もいたのである。