同じニュース、共同通信が配信したyahooの記事には2684件ものコメントが付いている。

 

 その大半は教員の行き過ぎた指導を批判するものだが、「しつけ」をキーワードに、親の教育不足や子供の行動の非常識さを指摘するコメントもあって、驚いた。

 

 授業中に勝手にトイレに行ってしまうのでは、教員も困る。

 勝手に立ち歩くことを、だから「しつけがなっていない」とみるのも、わかる。

 しかし、今回の問題で問われているのは(教育委員会も問題だと認識しているのは)、あくまでも「行き過ぎた指導」のはず。

 トイレに行きたいと申し出ることができない、学校に登校することもできない。 

 それほどの恐怖感、圧迫感を与えたことが問題なのである。

 

 さらに驚いたのは、(立ち歩いたことではなく)失禁したこと自体を「しつけがなっていない」「トイレトレーニングができていない」ととらえる向きも少数ながらあったことだった。

 子供たちが失禁した理由はおそらく、トイレトレーニングができていないからでも、しつけが足りないからでもないだろう。トイレについて、申し出ることがはばかられる空気があったこと、級友が厳しく指導されたことで怖くなって言い出せなかったことが、背景にある。だから教育委員会は、失禁や不登校の理由が「不適切な指導にある」と判断したのではないか。

 

 しつけができていれば、トイレトレーニングがきちんとできていたら、お漏らしはしないーーはずはない。

 そうであれば、学校でお漏らしをする子がこれほど多いはずはない(学校で級友が失敗したのを見たり、あるいは自身が失敗した人は相当数、いると思われる)。

 むしろ、「いまトイレに立ったら怒られるのではないか」「バカにされるのではないか」「授業中や集会中に離席するのは、常識がないと思われるのではないか」などと、先回りして考えすぎてしまう真面目な子ほど、失敗してしまうのではないか。

 

 しつけを問題視する人たちは、小学1年生の子供たちに完璧を求めすぎているし、同時に彼らの思考能力を軽く見過ぎている(先回りして想像できる子供も多い)。

 授業中にトイレに立つくらいで、学級崩壊、モラルの崩壊が生じるとは思えない。

 

 トイレの失敗は、学校生活に暗い影を落とし、いじめや不登校に繋がる可能性もある。トイレ問題は、子供たちの人生にとって少なからぬ影響を与えるので、その点を配慮する方が大事だと思う。もっとおおらかに、優しくなれないものだろうか。