私は10月に大学を離れる予定でしてポスドクでいられるのもあと二週間になりました。

 

私の同期(30-31歳)で助教になる人々が出ていますので私には無くて彼らにある物が大学に残れる鍵なのかもしれません。

ということでその私になくて彼らにあった物を並べていくことで、後世の参考になればと。

 

まず、学生の頃から言われましたが「研究は運ではあるけれども運を高めることはできて、適切な場所に適切な時間にいるのも実力うち」と言われました。

私自身「適切な時間に適切な場所にいなかった」自覚はあったので生き残りの厳しさは感じていました。

まあコロナも含めて適切な時間にいなかったというのもあると思います。


- 研究室の雰囲気とのマッチング

結局研究室という小さな環境で生きていくのでその色に染まりやすい・あっているのが結局一番大事です笑

研究室やグループごとにスタイルがあるのでそこにマッチするかがポストをとるポイントです。

人間関係は仕事のアウトプットにモロにきいてきますし、最終的に甲乙つけがたいとなると人柄なんかで選ぶので。。。

 

私の博士の頃いたグループはかなりアグレッシブでして当然私もそのスタイルを引き継いでます。

バンバン批判して批判されますし、後輩に批判しすぎて泣かれたり、逆ギレされたりしました笑

ポスドクでは非常に敬遠されました笑

 

批判されるのに弱い人たちなんだと理解して過度な批判をするのをやめて黙ってた時もあったのですが

黙っていたら黙っていたでストレスで私の体調が優れなくなりました。。。

 

 

- コネ

これもかなり重要です笑

 

ポストをとった友人の話では指導教官の意見書が評価の決め手だったと言うこともちらほらと聞いております。

私は分野を変えたのもあり、コネと言うコネを敢えてぶちぎってここまできました笑

 

私が鞍替えした分野はよりコネが重要視される世界でした笑

 

「コネも実力のうち」でもありますが、私はコネ以外の実力で生きていきたいです。

就職でも知り合いを頼らず自分自身で切り開きましたが、まあ生きていく上では生きにくいことこの上ない。

 

使える物は使うのが大事です。

 

 

- 出身研究室

コネや研究室のスタイルにも関係しますが一流の仕事をするには「何が一流か」を知らないといけませんので「一流の人と仕事をする」のが最も重要です。

海外の有名どころはその指導教官も大物だったりしますよね。なので出身研究室と研究者レベルは相関します。

研究室のスタイルにも関連しますが一流でないところで育つとあまり能力の高くない人間になります。

周りから優秀と言われてる人でもテーマ選びだったり、研究の進め方だったりでイマイチと分かってしまうというのもまあまあいます笑

 

そういう意味で博士時代の研究室選びから研究者になれるかどうかが決まっていると言っても過言ではありません。

 

 

-政治力

端的にこの場合の政治力は「既得権益を作る」という意味です笑

一番簡単なのは「情報を制限する」ですね。

装置の使い方とか、データの保存場所を教えなければそれだけで自分の思い通りに人をコントロールできます。

データ解析アルゴリズムの詳細を教えないことで「自身の仕事と自身の貢献度を増やす」というパターンもあります。

(いざボロが出ると人手が足りなくて忙しいとおっしゃいます)

 

たまに既得権益≠専門性と思っている人もいらっしゃいます。

例えば研究室だと「数百万する汎用ソフトウェアを使える人」がいてそれを専門性と思っている人がいますが、それはそのソフトを使いこなせるだけです。

そもそも汎用のソフトなんて誰でも使えば使える様になっているわけなので誰でも使ったら使えるのですが、それを自由に使うことを許可せず「自分に頼め」といえば立派な既得権益になります。

 

私は自分がやったことはすぐに飽きるので笑、他の人に還元していたのですが、ポストをとった人たちは「俺すげーだろ」をすごくやりたがってる人間だったと思います。

 

 

- プライドを高くする / 負けず嫌い 

研究をしていていると必ず暗に陽に他人からの批判を受けますし、失敗します。その批判や失敗に対しての適応力やリカバリ力が必ず必要です。研究はその性質上失敗続きですので、失敗に対する耐性をいかにつけるかが大事です。

耐性と言っても受け入れるか受け入れないかの二択しかなく、バランスの問題だと思うのですが「失敗を受け入れない」とどんどんとプライドだけが肥大していきます。もしくは異常に負けず嫌いで失敗を認め、努力を続けられるかどちらかです。

 

私は元来負けず嫌いではあるのですが自己肯定感はカス程度しかありません、出来レースだったり、既得権益で勝てない勝負を挑んだりしていて「負けてもしょうがない」と思ってしまい負け癖がついてしまったので環境を変えて心機一転したかったというのもあります。

 

 

-勝負をしない

上に関連するんですが、場所によっては失敗を過度に恐れます(特にT大生)。

私が思うに大半の研究者は「勝負をしないこと」を選んでいてそれが非常にストレスでした。

 

例えば「〇〇までに一本論文を書く」という目標を立てて、研究をしてできなかったら失敗です。

でもそれに自信がなく「一本論文を書く」にするといつ書いても成功になります。

私が一番辛かったのは「ゴールを設定しない装置開発」でして、これやるとどんな装置も動けば「成功」になります。

 

失敗を失敗と理解している人にはいいのですが、アカデミアの世界は失敗にはなぜか厳しい。

日本の学問の世界で「成功」するには勝負を極力しないか勝てる相撲しかとらないというのが大事です。

 

勝ち負けをきちんと決めてからやった方が、フラットに勝負できるので好きなんですが

既得権益なども相まってなかなかそうはいかないのがやりずらかった。

 

 

-粘り強さ/諦めが悪い

最終的に全てここにたどり着きます。

研究対象以外は基本的に理不尽さで溢れています。人事もそうですし、待遇もそうです。

ボスの理不尽ないうことを聞かないといけないし、くだらない雑用をやらされるし。学生はいうこと聞かないし。研究費は足りないし。
それでもクソみたいな中で研究をするのは「研究の楽しさ>環境」なわけですのでその環境に如何にストレスなく順応できるかがポイントです。
 

研究者のポストの本質は「本当に人生をかけた」チキンゲームです。

ポストを取るには粘れば粘るほど可能性が出てきます(数的な意味で)し、粘れば粘るほど(時間的な意味で)質が良くなることもあります。
それまで、クソみたいな給料で、クソみたいな待遇で、クソみたいな環境で生きていくことでポストの可能性が現れます。

 

「好き」だけで研究ができるほど人生甘くなく笑、どこかで折り合いをつけることになります。

私の友人たちは皆粘り強さ(=D4まで文句を言わず研究してた。。。)このブラック耐性を評価されていた印象です。

 

 

半分は環境が悪いところに来てしまったのもありますが。私の粘り強さは2年しか持たなかった。

要は私はこの環境に順応することに失敗した人間だといえます。

どちらかというとこの環境に順応してしまうことがものすごく嫌だったから離れた人間です。

 

 

 

逆にあまり重要でないなと思ったものを挙げておきます。

 

- 研究内容/実績

一番大事な気がしますが笑。私の同僚でポストをとった人は全員ポスドク中に論文書いてない笑

当然「お、こいつできるな」と思われる程度の実力は必要だったりしますが、抜群の実績がある必要はないく、

研究室のボスと仲良くなれるかなれないかが半分以上を絞めますので研究がどれだけできてもあまり関係ない笑

 

- 英語力
糞みたいなレベルであるのは問題ですが、文法や発音がよくなくても大丈夫。
ある程度コミュニケーションが取れる能力があればOKです。
逆に話せることに自信を持ってしまっている人がいるのですが「中身からっぽ」のスライド作ってくるのでそういう人間にはならない様にしましょう。
 
- 頭の良さ
言い方は悪いですが、本当に頭のいい人は博士課程にきません笑
そもそもクソみたいな環境に残るという愚かな選択をしませんから。
目の前のことを追い求めてしまう様なある種の「単純さ」が大事です。
 
- 広範な知識・社会常識
これは「今の研究室環境」には必要なく、細分化された研究分野のことだけを知っている方が大事です。
 
 
 
結局、考えてみると「ブラック耐性」があるかだけというしょうもない感じになってしまいました笑
しかし、まあこれが結局今のアカデミアに求められているものでもあるというのがこの世界なんだと思っています。
 

かねてから私は「研究は売れないバンドマンと同じ」と言うことを主張していました。

 

「ドリーマーである」

「好きなことをやっている」

「個性を追い求めている」

「研究成果=いい楽曲があっても食っていけない」

「一発でも当たれば人生バラ色だけれど当たらなければ地獄」

「実力と収入が一致しない」

「流行り廃りで人生が変わる」

 

などなど、「好きなことを仕事にしたい」人々でもあります。

27歳までギリギリのレベルの生活を送り狭き道を己の実力を信じて進みがちで

進退極まってしまうところも似ています。

 

学問なんてものはもともとパトロンがいて成り立っていたような代物で

現在は国家がパトロンとしていますが、その価値というものは芸術と対して変わりありません。

 

http://nocolor.xyz/2015/03/08/post-1473/

 

研究者の皆さんは「俺はそんなぐうたらなバンドマンとは違う」と思うのか「似てるよね」と思うのかは知りませんが、そう言うハイリスクな生き方をするのが研究者です。

 

研究者の若手の待遇が悪いとか環境が悪いとか言うのはかねてから問題になっていますが、

では、研究者をギタリストに研究をバンド活動に置き換えて若手の声を聞いてみましょう。
 

https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20201010-00202389/

 

 

 

バンドマンが迅速に対応すべき問題は何か?

 

- ライブ活動の負担が重い

- 生活費のためにバンド活動にさける時間が少ない

- 将来メジャーデビューする見通しが立たない。

- インディーズバンドの経済的問題。

- バンドマンの雇用形態の問題

- 男女の雇用格差

- ハラスメント

- 育児との両立

 

いきなり「???」となりますが、とりあえず研究者の声を聞いてみましょう。

 

20代男性、大学院生

バンドマンはある種日本の音楽の発展のために活動している面があり、運営費交付金を増額することで若手バンドマンのライブ活動費を半額ぐらいにするべき。でないとますますミュージシャンにならなくなる。また、若手のメジャーデビューを本気で増やす政策を採ることも重要。継承ができず、分野によってはすでにレーベルが消えたところもある。

 

◯30代・男性・ポスドク

バンドマンを音楽講師、ローディとして雇用しノルマをなくす。バンドマンが次のバンドを得られるまでバンドを延長することを容易にする。女性にとって出産などがバンドキャリアの妨げに一切ならないような支援システムを確立する。

 

◯30代・男性・ポスドク

安定した契約が必要です。若手向けの多くの契約は、1年契約で3回まで更新可などの「いつでも首を切られるリスク」を抱えている契約です。また、任期が切れるたびに、膨大な量の、審査スピードの遅い公募に出すことになりますが、これらの作業に圧迫されて曲が出せない悪循環に陥ってしまいます。

 

◯20代・男性・ポスドク

海外のバンドに比べて、ローディPAのような職業でキャリアを積む人が圧倒的に少ないように感じる。

→インディーズバンドが音楽業界に残る中で、メジャーデビューや大手事務所所属以外に、ローディやPAのような高度な技術で音楽をサポートする(ただし業績はあまり求められない)ような職業を安定した常勤雇用で増やしてほしい。音楽会社であればそういった人材が一部のライブを受け持っても良いと思う。バンドの下にローディがあるのではなく、バンドと対等くらいの位置づけでライブを支えるイメージであっても良いと思う。

 

◯30代・女性・ポスドク

1. 若手のレーベルを早急に増やす。

2. 任期付きレーベルであっても5-7年など長めの期間の雇用を増やす。

3. バンドマンが必要な技術協力を専門家から得られ、高額な機器を他のバンドと共有することで無駄な支出を抑えるため、コアファシリーの普及、及びそれを管理する専門職員の安定した財源(給料)を確保できるよう予算配分する。

4. 決定権のある層(大御所、レコード会社委員、選考員)の女性やLGBTQなどの割合を増やす。

5. 各ポジション(学部生/院生/ポスドク/職員/教員)での男女比のバランスいい機関~悪い機関までを金/銀/銅/その他と分類し、金カテゴリーの研究機関には予算配分等でベネフィットを付加する

6. 申請書・面接の電子化/オンライン化を推進する。面接の為に

7. 申請書・報告書の書式を統一し、書類作成時間が短くなるようにし、研究に専念させる。

 

◯20代・男性・大学院生(博士後期課程)

レコーディングスタジオの清掃、消耗品の発注・管理、装置の修理等を若手バンドマンが行っており、バンド活動を逼迫している。若手の長時間労働が常態化している。

→レコーディングスタジオとして清掃員や技術者を雇えるような予算を確保すべきである。各バンドの予算では優先度が下がり、実現しないと考えられる。欧米諸国(ドイツ、スイス、イギリス)のスタジオでは清掃員やテクニシャンがそのような作業を担当していた。

雇用関係を結ぶべき。明文化されたバンド時間や休日の取得可能日数等があればやや改善される可能性がる。また、長時間労働をした際のデメリットが多くあれば、効率化が図れると考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部抜粋して書き換えてみましたが、納得のいく主張でしたでしょうか?

 

おそらく大半の人は「何を言ってるんだ」状態だと思いますが笑

その「何を言ってるんだ」を当然のように語っているのが現在のアカデミア の世界です。

「学問はそれ自体が重要で特別である」と言うことと、「俺たちはその特別なことをできる能力を持った人間なんだから保護すべきである」と言った特権意識みたいなものを感じてしまいます。

この意識のズレが今の学問の問題点なんじゃないかなと思います。

 

こう言う話をすると「音楽と研究は違う。研究はより社会の役に立つものであり経済効果も大きい」みたいな批判をされるんですが「そう言う上から目線が嫌われるんやで」と言う話で笑
 

この違和感をずっと感じてポスドクをやってきたのですが、声高に叫ぶ人を見ているとどうしてもいたたまれない気分になります。。。

 

 

私はこのブログの政治的主張から分かるようにどちらかと言うと政治的には右巻きな人間です。

平等よりも自由を重視する派で、リバタリアン近い趣味を持っています。

極力他者の介在を嫌い、結果の平等ではなく機会の平等を求めるタイプです。

 

T大にきて左巻きな人が多いなあという印象がありまして

それが日本学術会議まで連綿とつながっているのだろうということは想像に難くないのです。

 

今日は政治的スタンスと科学者のお話。

 

結論から言ってしまうと左翼になるのは「環境」、「自身に対する理想主義」、「プライドの高さ」による「想像力の欠如」が原因に思います。

とある文章では「ネトウヨ」になる原因にも「想像力の欠如」と「環境」が言われていますがまあ双方とも似たようなものなんでしょう笑

 

- 環境

 

ほとんど人は「世間」と行ったときにどう考えるかというと

基本的には自分の周りの環境の外挿として「世間」と捉えると思います。

なので周辺環境の違いやその認識によって外挿される"世間"が変わってきます。

この時に周辺環境が「母集合と同じような環境」になっていればいいのですが大体そうでない。

 

私の友人に警察に逮捕された人間なんていませんし警察に職質されることなんでありませんが

みちょぱの彼氏は全員警察のお世話になっていたりと笑逮捕される人がいるのが当たり前の世界もあるわけです。

 

私にとっての世間は「警察なんてよほどのことがない限りお世話になることのない人で構成された世界」であり

みちょぱにとっては「犯罪が身近に存在する世界」が世間になるわけです。

 

自分の見ている世間はバイアスされているわけですので

想像力を働かせないと自分自身の”世間”以外で起きたことについては中々認知することはむずかしい。

ほどんどの人は「アフリカで子供が死んでいる」ということには想像力が働きませんが「子供が虐待で死んだ」みたいなことには非常にリアルで身近なことに感じるはずです。

 

ということを踏まえて大学を見てみるとT大の親の年収の平均が1000万であるようにかなりバイアスされた世界です。

大半はお受験だったりで学力レベル、家の収入レベル共にバイアスされた人々との交流しかありません。

そうなると彼らの外挿された「世間」はまあ基本的に平均の人が思う以上に優秀な人間ばかりがいるものになります。

 

T大でどのような人格形成が行われるのかは知りませんが、ただえさえバイアスされた世間観の持ち主の集合なのに

さらに研究のように一つのことをやればやるほど周りの人間はどんどん自分と似たような価値観の人間が創出されます。

 

そうは言っても思い込みと現実のズレはどこかで認識しないといけないんですがおそらく多くの人は大学卒業後に就職をして初めて東大に行ける人以外の人を認識するんじゃないでしょうか?

周りにT大生ばっかりな職場を選ぶ人もいるとは思いますが(国家公務員とか)

 

一方研究志望な人たちは大学にいるままですので、世間のずれを認識できません。

大学にいると特にT大は基本的にはそれなりに賢く裕福な人しかこないですし、関わる人間も同じく東大ばかりだったりしてそのズレを認識しないままになってしまいます。

 

そう言った間違った認識を変えられないままでいると価値観が凝り固まった人間が出来上がります。

 

-理想主義

 

これまでは環境でしたがそれに加えて特殊な環境と個人の資質によって大学に左翼が蔓延る様になります。

一つは理想主義でして、傾向としては理論系や文系(社会科学系以外)で左翼の人が多く工学系や実験系で左翼な考え方をするひとをあまり見かけません。

 

工学や実験系は"現実"を見ないといけない研究対象だからというのもあると思います。

実験系だとまず理論通りに物事が進むことはまずないし笑、現実は非常に醜いものです笑

(まあ、だからこそ面白いとは思うんですが)

その中でお金をやりくりしたり、条件コントロールをしたりしている。

ですので「こうあるべきである」見たいな発想には中々ならなないし、環境が悪いのは「人間の能力不足」になります。

 

一方で現実を見る必要がないひとや原理的に知りようがないことを専門にしている人(天文、原子核構造、ひも理論などなど)

は実験や観測でそのモデルだったり理論を原理的に”証明”することが中々難しいため、現実を知るということがほとんどありません(優秀な人ほど現象や実験結果をよく知ってるんですけどね)。そうなると、頭の中で物事が完結してしまう思考を取る人は結構多くいます。

 

物理であれば"物理的に起きうることは起きうる"でいいのですが、人間ではそうは行きません。

にも関わらず「原則としてこれが理想なんだから」と自己完結させてしまいます。

そして、その理想は正しいから現実の方が間違っていると言う様なロジックで現状を否定します。

 

逆に現実主義で(自身の身の回りの)世界を拡張して世間一般を論ずる様な人々は右翼に傾いて言ってしまうのだと感じています。


結局のところ「理想主義と現実主義のバランス」で理想主義に傾き過ぎれば左翼になり現実主義に傾き過ぎれば右翼になると思っていて、そのバランスはその人がいる環境のバイアス度合いによるものなんだろうなと言う感じです。

 

- プライド

 

上記の環境や状況でもリベラルではあれ左翼的な思考にならない人ももちろんいます。最大の障壁はもちろん"プライド"にあります。


左翼であれば「現実を見る」、右翼であれば「グローバルな視点を持つ」と言うのが大事だと思うんですが、

それを阻んでいるものはプライドです。


彼らの根本的な原因はプライドが高すぎるが故に自分のコンフォートゾーンが異常に狭い。

自分自身の存在価値を高められないのでそのコンフォートゾーンを外れることを極端に嫌います。

それ故、他の世界が存在していることを認識することを拒否したり、否定する様になってしまいます。

 

結局のところ自分自身を相対化して見ることに失敗した大学人が左翼になっていくのです。

グローバル思考と言いながらかなり極端な色眼鏡で世界を見てたり、権威的な物言いも自身を相対化するのに失敗したからです。

 

つまりは「閉鎖的な環境」+「理想主義」で左翼の生まれる土壌が形成され、そこに「プライド」を持った人間が行くと「想像力の欠如」が発生し左翼的な人間が形成されると言うのが私の考えです。

右翼になっていくのも似たような状況で「理想主義」が「現実主義」に変わったまでのことだと思います。

 

 

大学ってのは「多様な価値観」を学ぶところだと思っているのですが、大学の教授たちが単一の価値観しか認めていないと言うのも個人的にはどうなのかなと思いますが、現にそうなっているので仕方ない。

 

日本の専門教育システムは「一つのことだけをやっていたら良い」と言うある種「一所懸命」の精神が存在しているきもしなくもありません。いわゆる専門バカと言うやつです。

日本の企業でもやはり同じ経験を持った人間同士の集合を好む傾向があることを感じていますし、そのほうが居心地が良いことも一応は理解できます。

 

そう考えるとある種引きこもることを肯定する土壌が日本の大学にも社会にも存在している気がしています。

そして、その引きこもり性を肯定した結果が今の日本学術会議だったり談合だったりと様々な問題を起こしているような気がしてなりません。

 

 

 

日本学術会議の任命拒否が話題になっています。

一見「政府が何やら悪いことをしている」という気になりますが

多分研究者コミュニティについて多かれ少なかれ何か関わりのある人からすると色々と思うところはあります。

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/59092

 

 

 

要はバリバリの左翼の人たちを任命するのを拒否したというだけなんですが、1970年から反権力左翼の巣窟になってるということみたいですので結構根が深い問題ではあります。

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本学術会議

 

 

 

私の学生の頃は周りにはどちらかというと保守な人というか政治的に穏健な人が多くいた印象なんですが、多くの人が感じているように大学には左巻きの人が多いです。

 

その原因は閉鎖的な環境にもあるのだと思いますが、その辺の話は別の時に。

 

当たり前と言っては当たり前なんですが大学の先生は大学の(経済的な利益以外にも)利益になるために存在しているわけで、同様に日本学術会議も"国の外部諮問委員会"として利益を生んでもらうように存在していてその利益に対して国もお金を出しているわけです。

 

早い話が”役に立たない”と判断される人なら選ばないという至極真っ当な話で、

それは一般の人事(学問の世界ではそうでもないこともあるか。。。)でも同じことです。

そこに「学問の自由」を持ち出すので話がこじれる。

 

「学問の自由」は「どんなものでも研究対象に選択できる」という自由です。

それは「研究が無批判にできる」という意味ではないし「研究が無条件で実現できる」という意味でもない。

例えば「タイムマシンの研究をする」という自由は認められていますが「タイムマシンを作る研究ができる」わけでもないし「タイムマシンができる」わけでもない。

 

「学問の自由」と「学問に対する能力」だったり「学問ができる可能性」は一対一対応はしていないのです。

学問の自由は「学問に対して制限がない」という意味で「消極的自由=freedom」を指しているのであって

「その能力を使うことができる=libarty」という意味での積極的自由ではないというところをちゃんと区別して使うべきです。

そもそも学術会議は研究する場でもないので学問の自由は関係ありません。

 

政治と科学の距離感は研究としては中々難しい問題ですが、

その意味は「環境を取るか自由を取るか」というトレードオフについてどう考えるかという程度の問題です。

 

自由を取るのであれば政治とは距離を置いて好き勝手に研究をすれば良いのだと思います。

実際に文系の研究では趣味で研究をしている方もちらほらいます。アマチュア天文学者は一定数いますしね。

 

むしろ政治に関わらない方が自分の好きな研究ができるわけで

コミュニティが非常に狭くその中でのしきたりやボスやドンの意向が重要であったりして

アカデミアの世界にいた方が逆に自由に研究できないことはよくあります笑

 

環境を取るのであれば資金源は皆さんの税金なので税金を使う以上はある程度国民の皆さんに説明がつくような研究をしないといけません。

例えばAI研究なんかは世間一般にも重要性が認められていますので大学だろうが企業だろうが潤沢な資金が出ていると思います。

一方で基礎科学でもある程度お金が出ているところもあれば、徐々にお金が削減されているところもあります。

(原因は成果が出ていないからというごもっともな理由なこともありますが笑)

 

自由に研究をしたければ本人の”資金獲得能力”も非常に重要でして科研費だったりをあてる必要があります。

真っ当な研究者はかなり努力しているわけで、それは文系だろうと役に立たない研究だろうと関係ありません。

たまにそれを「雑用」とおっしゃる方がいましてそういう人間はそもそも研究者になってはいけません笑


例えば今政府はAI人材の創出に乗り出していますが、それに賛同する動きを法学部の先生はしているでしょうか?

例えば自動運転には法律の整備が非常に重要ですしAIやロボットを使った事件なども今後起きえます。

そういうことを研究してあげれば当然政府もサポートしますしお金もついて比較的自由に研究ができますが

大体の研究者は「00における〇〇解釈性」見たいな研究をしていてそりゃお金は出ないよなあと思ってしまったりします。

 

「シン・ゴジラ」の御用学者さんたちを少し思い出しました。

(そして日本学術会議はまさに御用学者の集まりでもあります笑)

 

左翼の人はいまだに政府のことを毛嫌いしている人がいますが、流石に今の日本はある程度成熟した民主国家ですので

大っぴらに学問の自由を制限したりはしないですし、弾圧もしません(するのは共産党だけです)。

政府も基礎科学の重要性を認識していますし一般国民もある程度理解しています。

ですのでSNSで多くの人が表明しているようにそこまで学問の自由を制限されているようには感じません笑

 

そのほかの論点として「拒否の説明がない」とかあるのですがそれは日本学術会議も人のことは言えないですよね笑

転職をして知ったのですがどこがよかったとか悪かったのかなど面接のフィードバックをくれます。

そう言う説明がなく漠然と「お祈りメール」を送られてくる人事とかをどうにかした方がいいんじゃないかと。

 

今のコミュニティは政治活動を行うべきかみたいなくだらない議論を延々としていてうんざりするのですがそう言う活動がどんどん人々の心が離れていく原因になってるのになーと思わなくもなかったりしています。

 

 

トランプさんがコロナ感染で中々読めなくなってきました。。。

 

「最もひどい討論会」と評された2020年第一回大統領選挙TV討論会。

ノーカット版がyoutubeに上がっていたので全部試聴してみました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=wW1lY5jFNcQ

 

 

 

気になった点

 

- 服装の問題

バイデン氏のネクタイがずっと歪んでまして、スーツの袖も短すぎです。。。

トランプ氏はやはり元ビジネスマンなだけあってピシッとした印象を受けます。

庶民派をアピールしたいのかもしれませんがバイデン氏はあまりにみすぼらしく見えてマイナスですね。

誰か指摘してあげる人いなかったのかなあ。。。

 

- 司会者がバイデン氏によりすぎ

トランプにはあからさまに挑発的な質問をしているのにバイデン氏に対しては誘導尋問のような質問をする。

トランプ氏がツイートしてたみたいですが途中から「トランプvsバイデン」よりは「トランプvs司会者」みたいになってます笑

正直にいって「白人至上主義者を糾弾するか」みたいな踏み絵をさせるような質問は討論会ではよろしくないかと。

 

- バイデン氏呂律がたまに回ってない

バイデン氏認知症疑惑は以前からあり、復活のアピールになったとメディアは書いてますが時たま呂律が回ってなかったです笑。

受け答えも若干しどろもどろでしたし、質問にちゃんと答えられていないところもありました。

 

 

-バイデン氏必死のカメラ目線

「俺は庶民に語りかけてるんだ」アピールだと思うんですがちょっと露骨すぎです。

その状態で「みなさん」と言われても「お前は誰と話してんだよ」という印象でした。

討論相手はトランプなのでトランプ氏をみて話すべきです。

 

- トランプ氏のチャチに反応しすぎ

あれくらいのちゃちは喧嘩売りにってる討論ではよくあります。いわゆる「揚げ足取り」ってやつですね。

正直バイデン氏は"どうぞ揚げ足を取ってください"という感じのディフェンスガバガバの受け答えをするんですよね笑

ああいう議論で一番いい対処は「受け流すこと」と「逆撫でする発言をしないこと」です。

もしくは「shut up man! I have a right to talk my opinion without your interruption!」ぐらい毅然とした態度をとるか。

バイデン氏も司会者もトランプが怒りそうな発言を繰り返していて焼け石に水です。

 

 

- バイデン氏ノープランすぎ

グリーンニューディール政策を突然否定しちゃったのちに「I have Baiden plan」ってそれを聞いてるんだよって話で。

コロナ対策についても最も攻撃材料になるトピックなのにバイデン氏特にまともな政策を出せてない。。。

もうちょっとさ、フワッとしたことじゃなくてきっちりした議論しましょうよ。

 

- メディア議論の内容を報道しなさすぎ

一応きちんと討論するところは討論してましたよ笑。まあバイデン氏があまり政策を提示できないのもあってペラペラな印象でしたが。

 

確かに以前の日本の国会答弁のようにしょうもない討論会だった印象はありますが、「トランプは元々そういうやつである」という前提を皆持ってみていると思うので保守派の人には「バイデンは軟弱だ」という印象を与えてしまった感はあります。

民主党派の人にとっては「思ったよりバイデンがイマイチ」とは言えないのので討論会そのものの批判をしている感じはあります笑

 

本当にコロナ感染で先が読めないですね。。。

経済や外交に関してはトランプは結構うまくやってるのでバイデンになった時にどうなるかが個人的な懸念です。