さきほど、国勢調査にオンラインで回答した。

現段階では紙でも送らなければならないのかと思われるが、紙無しでもうまく知らしめるシステムを早いとこ構築してほしい。

配偶者欄には、「死別」にチェックを入れた。


今朝は、目を覚ましてのお布団の中で、ALSを患い、昨年冬に亡くなったおっととの最期の日々が思い返された。

完ぺきなお別れの数々の中に、亡くなる数日前に、ふたり介護用シングルベッドで、狭いけど一緒に寝ない?とおっとに誘われ眠ったことも含まれる。

おっとは、さまざまな身体的違和感や痛みに眠れない夜を過ごしていた頃で、その晩もやっぱり、眠れなかったようだった。

わたしが眠りに落ちる前に、おっとは、静かにおもむろに、

「のきこさん、抱き締めて」

と言った。恥ずかしがりで、そんなこと言われたことがなかった。

わたしはうれしくて、つい思いっきり、ぎゅーっ、と抱きしめた。

「のきこさん、痛いよー!」

とたんにおっとは弱い悲鳴を上げる。きつく抱きしめられるには、全身が強く痛む体になってしまっていたのだ。

ごめん!と、わたしは反射的に加減を緩め、ゆったりと、しっかりと、おっとを抱きしめ直した。

どれくらいの時間が経ったのかは、覚えていない。おっとは、ありがとう、と、体を離した。


それからわたしは、いつしか眠っていた。おっとは、その晩もたぶん、一睡もできなかったのだろう。

でも、一晩中、やさしく、やさしく、わたしの髪を撫で続けてくれたことは、おぼろげに分かった。わたしは、安心しておっとの胸の中、眠り続けた。


おっとは、それから数日後に、逝ってしまった。

それまでに、他にも、わたしとのお別れの時間をしっかりと持ってくれていたことに気づいたのは、おっとが旅立った後だった。

そういうつもりでの思い出づくりだったとは、つゆほども気づかなかった。

おっとは、弱い部分のあるわたしのために、もうこれ以上負担をかけたらのきこさんが壊れてしまうからと、旅立っていった。

わたしは、そんなことより、あの人に1日でも長く、生きて欲しかった。

そこは、男と女の間の深い河の横たわるところなのか。

でも、おっととの、信頼し合い、支え合い、愛し愛された年月は、わたしを確実に豊かに、そして強くしてくれている。

そのおかげで、わたしはこれからもきっと、人を慈しみ、労り、愛することができるのだと、確信する。


おっとの誕生日を過ぎて、今日はさまざま思い出している。

(つづく)