―死んだ後まで心配するなー


遺言という儀式があるが、これをしたためるのは大変なことだ。


遺言書は判断能力が正常ならいつでも書くことが出来、また本人の意思でいつでも内容を変更することも取り消すことが出来る。遺言書の作成は財産が多いほど、遺族のトラブルを避けるために必要になる。そして遺言書に記載されたことは最も尊重され、ほとんど遺言通りの遺産配分が実現する。



遺言書のタイプは三つある。



自筆証書遺言は遺言書の全文が遺言者の自筆で記述(代筆やワープロ打ちは不可)し、日付と氏名の自署押印してあること(実印 である必要はない)。本人の直筆で本文、日付、氏名などを書く様式だが、第三者に偽造されやすい。



公正証書遺言は遺言内容を公証人 に確認してもらってから公正証書 にする方式。証人2名と手数料を用意し、公証役場を訪問する必要はない公証人 に出向いてもらうことが可能)。遺言書の検認は不要である(1004条二項)が、最も確実な様式だ。



秘密証書遺言は遺言内容を秘密にして公正証書にする方式。証人二名と共に、手数料を用意し、公証役場を訪問する必要がある。代筆やワープロ打ちも可能だが、遺言者の署名と押印は必要であり(970条一項一号)、その押印と同じ印章で証書を封印する(同項二号)。



代筆の場合、証人欠格者以外が代筆する必要がある。遺言者の氏名と住所を申述したのち(同項三号)、公証人が証書提出日及び遺言者の申述内容を封紙に記載し、遺言者及び証人と共に署名押印する(同項四号)。遺言の執行の際、裁判所の検認手続きが必要になる。



以上の三タイプの遺言を作成する前に、公開遺言作成という行為が考えられる。公開遺言作成は遺言書の作成を文字通り「公開」で行う方法だ。


「遺言の作成」というよりは「遺産分割協議」を被相続人を含めて生前にやってしまおうという形に近い。相続人たちを前にして、被相続人が最終意思を文書に書かれた文字ではなく肉声で表明するので説得力が全然違う。


また相続人のほうも、被相続人の目の前で意見を述べ合うわけですから、自分勝手な主張をしにくくなる。


そして、被相続人と相続人それぞれが意見交えてできあがった最終的な合意を、「遺言書」という法的実現力のある書類に仕上げていくやり方が「公開遺言作成」という方法になる。この方法は、遺族(被相続人)の理解が必要になる。


「生きているのに相続の話なんて、俺の財産を狙っているのか?そんなに俺に早く死んで欲しいのか」というある種見当違いの感情を持つ人は多いと思うが、「自分が死んだ後は、残ったもの同士で好きなようにしろ、後は野となれ山となれ」というのは、ちょっと無責任のような気がする。


遺産相続トラブルというのは、いつでも、誰にでも起こりうるし、自分の家族だけは例外というのは、誰にも言い切れない。そしてそれに対する備えをしておくというのは、家族に対する一つの責任である。


公開遺言作成は被相続人を含めた家族全員で話し合うので、合意を得やすいというメリットがある。また、被相続人自身の意見も表明できるので、被相続人の意思に添った分割が可能になる。遺言書と遺産分割協議をあわせたような、遺産相続を円満解決に導く方法になる。



反面、今まで表面化していなかった家族同士の確執が表に出てくるという可能性があることを覚悟しなければならない。



たいていの場合は、「納得できない」という話に対して、感情的な部分が多くを占めている。それは、しばしば遺族同士の人格攻撃という形になる。



相手方がどれだけひどい人間であるか、ということを批判するが、現実的な話として、このことはそれほど意味がない。


ひどい人間であろうと、逆にやさしくて人格的に優れた人であろうとも、遺留分や特別受益、寄与分といった遺産相続をめぐる様々な権利・義務から免れるわけではないし、遺産相続に関する法律を無視できない。この点に法律は非常にシビアだ


しかし、相続に関する法律はガチガチではなく、話し合いで解決できる余地も充分に残されている。





―死ぬときのイメージ訓練するー


E・Q・ロスによる死の受容プロセスは以下のように纏められる。



否認―自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階。



怒り―なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階。



取引―なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。何かにすがろうという心理状態である。



抑うつーなんもできなくなる段階。



受容―最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階。




死に際しては残る家族に謝罪と感謝の気持ちを持ちたい。死の間際に、そのような気持ちになれるかどうか自信はないが、ロスの受容期に入ったあたりで自己の生涯を振り返る余裕を持ちたい。


その結果として、死に臨んで自分を支えてくれた周囲の人間に最後のお別れを言う。


元気な時にこそ身の回りを見渡して、人生に決別するイメージを育てておきたい。


M・ルター曰く「死は人生の終末ではない。生涯の完成である。」



ある知人の話。

“お世話になった知人のお通夜。
享年58歳という短い人生だったと皆が思った。

「ガンを告知されても動じることなく、精一杯、楽しく生きてきた」と奥さんが涙を見せず、胸を張って、一昨日亡くなった夫の生き方を話してくれた。
とても、羨ましかった。
自分の夫の生き方を、しっかり見つめていなければ、言えない台詞である。”


ガンで亡くなった夫への手紙(「日本一短い家族への手紙より

辛い転移より

残す私を案じてくれた

あなた、ありがとう

風呂で泣きました




人間の死は残された人間の人生に大きな影響を残す。本人が納得して旅立てば、家族が悲しみを超えて、生きる支えにもなる。残していく家族のためにも人生の終わり方のイメージを考えたい。


終わり良ければ全て良し。









―生きる目的を持てー


年を取ってくると、生きているのが辛い場面が多々ある。


現役バリバリの時代に比較して、存在感が希薄になるとか、色々なシーンで実行する気力が薄れているとか、日常の中で精神的な落ち込んだ症状が出てくる。


バリバリで現役の頃描いていたのは、第二の人生はのんびりと、好きな事をして毎日をゆっくり過ごそうと考えるかもしれない。



現実にそうなった時、退職しての最初の一ヶ月ぐらいは、時間に追われることもなく何の制約も受けず自由に行動でき「理想の生活だ」と思うだろうが、現実は違う。



一ヶ月も過ぎると、毎日が退屈で、気力も萎え、腑抜け状態に陥いる。人間(特に男性)は目的(目標)が無いと張り合いが無くて生きていけない。



生きるということは死なないから生きているということにはならない。生きるには目的が必要だ。そして、目的は手段ではなく生きる意志だ。目的は人によって色々なことが考えられる。目的は様々なバラエティがあるが、生きる過程で可能性を追求するモチベーションになる。



現役時代の目的(目標)は義務を伴なう場面が多いが、リタイアした後の目的は生きる気力の充実させた義務のない自己努力のかたちになる。気楽なことに、目的は自発的な意志によって持てる。



目的は必ず達成するというストレスもない。達成しないからといって挫折感を克服しなくても良い。目的を変更するのも自分の意志で自由に決められる。

人間は実現という願望を捨てきれないが、リタイアした場面で肩肘張る必要はない。結果を評価するのは自分自身だ。



一度しかない人生をいかなる時期でも、目的を持たずに生きることは避けたい。常識的には目的は実現することを成功というが、残された時間の中で心の支えになれば良い。目的を持った生き方は志半ばで終わっても大いに評価される。



人生のたそがれと言う時期にあっても、存在感のある“男の残照”を大切にしたい。

―向上心は捨てるなー


社会的存在価値が薄れても人生において向上心を持って生きることは、人間として生を受けた者の当然の成り行きである。



働く場合にも現状に満足せず向上心を持って時間を過ごすことが人生充実の基本だ。

意思は意識しないと見失いがちになる。人間は二足歩行することで、より高い視点から遠くを見渡せるようになった。



人が人として生かされている自分を意識するとき、昨日より今日を充実させる気持ちが大切である。



向上心こそ人間と動物を分け隔てる気質である。



老化は後退の道ではない。心身共に健康であれば貴重な人生の一部を構成する段階だ。

若い頃のように華々しくなくてもささやかな進歩が有ればよい。



人生の環境が変わった時点で、新しい取り組みを始めればよい。年齢を気にして人生の無駄遣いをしたくない。



例えば、趣味を極めるとか向上の感動を大事にしたい。




20075月に素晴らしいニュースが世界中に流れた。米国の95歳の女性ノラ・オクスさんがフォートヘイズ州立大学から学士号を授与された。


当然、最高齢学士号取得者としてギネスブックに載った。



大学では歴史を中心に一般教養を学んだそうだ。


さらに驚くことに、ノラさんは大学院への進学を検討中なそうだ。




団塊世代の皆さん男っぷりを上げよう!           老害にならない“男の美学”

―米国のノラさんには及ばないが、国内でも似たような例がある。

玩具メーカー「タカラ」の創業者である佐藤安太さんは83才で山形大学大学院に入学した。理工学研究科ものづくり技術経営学専攻で「玩具人形産業学」の論文をまとめる計画。さらに「スポーツ産業振興学」「国家経営学」と目標を持っている。本人は「年は障害じゃない、昔よりも泉のように発想が湧いてくる」と言っているそうだ。



団塊世代の皆さん男っぷりを上げよう!           老害にならない“男の美学”

ご本人たちには大変失礼な言い方だが、日米の元気なご老人の向上心には心から敬意を表すると共に、憧れにも似た感情が湧いてくる。







―借金は怖くないー


老後を楽しむには生活を維持する金が要る。


内閣府は2006年秋に実施した「国民生活に関する世論調査」の結果を発表した。日常生活で悩みや不安を感じる人は、20056月の前回調査より1.2ポイント増えて67.6%となり、過去最高となった。



悩みや不安の内容については、半数以上の人が「老後の生活設計」を挙げた。政府への要望では、7割以上が「社会保障制度の構造改革」を求めた。内閣府は「少子高齢化の進展で、団塊世代を中心に、将来の不安が増しているのだろう」と分析している。



2006年の調査は10月から11月にかけ、全国の20歳以上の男女1万人を対象に行った。回収率は59.34%だった。



日常生活で悩みや不安を感じているかを尋ねたところ、「感じている」の67.6%に対し、「感じていない」は前回より0.2ポイント減の31.9%で過去2番目に低かった。悩みや不安の内容(複数回答)は、「老後の生活設計」が54%で最も多く、「自分の健康」(48.2%)、「家族の健康」(41.2%)が続いた。



政府への要望(複数回答)は、「医療・年金等の社会保障構造改革」が72.7%(前回比11.4ポイント増)で3年連続トップ。2位は前回3位だった「高齢社会対策」の54.5%で、前回2位の「景気対策」の50%と入れ替わった。現在の生活については、「満足」が66.5%で前回より7ポイント増加した。(2007年1月14日読売新聞)



生活費をどう減らしても老後の総収支はマイナスになるとか平均寿命ベースの総収支計算では心配だといった方には最後の手段としてリバースモーゲージという逆抵当融資の制度がある。


所有する不動産(自宅と敷地)を担保として差し出すことで所有する家に住み続けながら生活費の融資を受け返済は死後に遺族が担保物権の処分により済ませる。


住宅ローンとは逆でお金を借りつづけて最後に抵当物件を手放すのでリバースという名が付けられている。


同制度を利用した自治体や金融機関の融資は通常不動産の実勢価格の七割を限度に借りる年数により毎月の融資額を決める。同制度には現時点で色々な問題がある。リバースモーゲージを制度として導入している自治体は平成127月時点で20程のみであり すべての信託銀行に制度はあるものの未だ積極的でなく大手銀行は制度をほとんど採用していない。


制度を利用出来るのは戸建て住宅でマンションは除外される場合が多く相続人全員の同意と連帯保証人が必要になる。評価額がある程度に達しないと融資を受けられない。相続税は土地で相続した方が現金で相続するより格段に安くなる。


このように逆抵当融資の制度に現状では色々な問題があるが、米国で広範に利用されている制度であり、」日本でも普及しアメリカ並みに定着する可能性がある。


年金給付額引き下げが不可避な情勢にあり介護保険料や医療費の負担増しが進む中で老後の現金を確保する最後の手段としてリバースモーゲージが今後いっそう重要となることは明白で日本政府も促進させる法案を準備中だ。


具体的には担保割れリスクを保険で支えるシステムの創設や税制上の整備だ。リバースモーゲージが将来米国並みに日本でも普及すれば老後の生活設計だけでなく日本の親子関係も劇的に変える。


家(マンション又は戸建て住宅)は持っていてもリバースモーゲージを諸事情により利用できない場合に最後の手段として家を売却しその代金を生活費に充当し借家住まいする方法もある。

売却代金を生活費に補充できる効果はあるが家賃負担が加わらないリバースモーゲージの方を出来れば選択したいものだ。


子供と同居していない場合、子供が将来実家に移り住む可能性のない場合は、資産活用のリバースモーゲージを利用して金に煩わされない老後を送るべきだ。


苦労して赤貧を重ね資産を残しても、相続権者(子供たち)が利用しなければ売却されてしまう。





―病気になっても諦めるな―


筆者の従兄の奥さんだが、60代で重症の糖尿病になった。しばらく治療を続けている内に、腹部に異常を感じて診断したら、大腸癌だと判り手術をした。大腸に野球ボール大の腫瘍があった。


その後、入退院を繰り返し、70代になって再手術をしたが、糖尿病のため術後が芳しくなかった。公立病院に入院していたが、芳しい治療もなく、退院して自宅で寝たきりの回復の見込みのない療養生活を過ごした。正に医者の怠慢である。


その様子を心配した娘婿が当人の固辞を説き伏せて自宅から100キロ離れた医大の付属病院に強行入院させた。


医大の治療が適切だったこともあり、しばらくしてから医大系列の私立病院に転院した。そこの院長でもある良医とのめぐり合いで、寝たきりだった患者は歩行を再開し、一人で入浴も可能になるまで回復した。


本人も当然だが、亭主や子供たち、孫たちは脅威の生活復帰を心から喜んだ。特に、一人暮らしを強いられていた亭主の喜びは想像に難くなかった。


今は自宅に帰り、リハビリと称して食事づくりをはじめとする軽い家事をこなしている。


本人は地元の公立病院を退院した時点で、半ば諦めていたが、闘病という壮絶な戦いを通じて人間の生命力の凄さを感じた。


生きる意志を持つということは、病魔さえ退散すると事実を確認したのだ。

「座して死を待つ」という姿勢は捨てて、生きるという執念と諦めないという強い意志が病気に負けない結果を生む。




―未来を考えるー


近年、我々を取り巻く社会経済環境は大きく変化している。例を挙げれば、金融の自由化・国際化による金融商品の多様化、少子高齢化による公的年金や医療制度の改革、仕事に対する意識の変化に伴う人材流動化、等々。


このような社会情勢の変化や価値観の多様化によって、さまざまな場面における行動の選択肢はますます増え、自分自身で選ぶ余地が増えている。「自分のことは自分で決める」ことのできる時代へと変わりつつある。



何を計画すれば良いのかについては、人生の「節目」を目安に検討する。人生においては、誰にでもいくつかの節目がある。


一般的には「就職結婚子どもの誕生マイホーム購入子どもの進学退職老後」という節目が考えられる。これらの節目についての夢や希望、目標を立ててみる。最近は、価値観の多様化にともなって節目ごとに従来の価値観とは異なる選択をする人も増えているが、これらの節目をどのように迎えるのかについては自分自身の選択次第になる。


子育てを終えて、退職老後にかけての計画こそ、人生での自分のためのプランになる。残り少ない人生を如何に有益に過ごすかが、自由に使える大切な時間を充実させることになる。


退職後の20数年は長い。


人生80年という輝かしい長寿を手にいれた今、我々は一日でも長く住み慣れた自分の家に住み続けたいと思う。しかし、年を取るにつれ、体の動きが低下する自然の摂理は、程度の差こそあれ、現実になる。


老化現象は足腰から始まり、目、耳などへ徐々に、しかも本人がそれほど意識しないうちに進行していく。それに加えて、病気にもかかりやすくなる。老人が怪我をする場所の七割が家庭内だというデータがある。


からだが自分の意のままに動かなくなり、人の世話を受けるようになったらどうするかの問いに、高齢者の60%が現在の住宅を改造して住み続けたい、30%が設備の整った住まいへ住み替えたいという願望がある。


高齢期の生活の拠点としては通常の住宅はもとより、新たに制度化された多種類のケアつき住宅、福祉・医療施設を含めて考えることも必要かも知れない。


人生80年時代、快適に高齢期を過ごすための住まいづくりは、このように範囲を広く捉えて考えるべきだが、ここでは通常の住宅にしぼり、具体的に福祉機器を如何に活用するのか、住まいを如何に整えるのかについて考える。


高齢期に備えた住まい作りのポイントはライフステージによって考える。高齢期のライフステージは大別すると、①健康自立期、②障害期、③臥床期に分けることができる。

住まいも住み手の心身の段階的変化に対応して、①の長く健康な生活が保てる時期に②の衰えていく心身機能を補い、③の身体が不自由になっても日常生活を自分の力で行う期間を一日でも長く維持できる性能・環境を整えておかなければならない。


特に、③の寝たきりになってすべて他人の手を借りるようになった時には、介護する人の労力を少しでも軽くすることのできる生活構造・機能、そして住まいはこれらの性能が無理なく行われるよう改良する。例えば、部分的な改造や部品の交換ができ、生活補助機器が容易に使えるように可変できる性能を予め備えておく必要がある。


さらに高齢期を幸せに生きることのできる住まいは、心も身体もゆとりのあるときに準備しないと手遅れになる。なぜなら、本当の意味での住まいは、健康な時に快適であると同時に心身機能が低下しても、やさしく対応できる家であり、自分の家として愛着を持つまでにも時間が必要だからだ。


また高齢になってからの改造は、変化を嫌うという高齢者の心理的問題があることも見逃せない。50代のうちに、人生80年と長くなった高齢期に備える心がけが大切になる。


物的側面からの援助は、道具レベルから始まり、住宅・施設などの建物のレベル、さらに交通も含めた都市のレベルに及んでバリアフリー環境を総合的に整えないと意味がない。


価値ある高齢期に備えて住まいを整えるには、まず何が自分にとって価値ある高齢期の生活かをいま一度考えたい。


日本より先に高齢社会にある北欧では、高齢期の価値ある暮らしの三大原則として、「日常生活の継続」、「能力の活用」、「自己決定」をあげている。


人間らしく生きる能力をとことん活用した生き方を続け、しかも自分の意志通りに老後の暮らし方を決定できる環境作りを公私ともに努力している。


施設を作り、年金を充足し、ケア付き集合住宅を新設し、ナーシングホームの居住性を強化し、長い道のりを経て、たどりついたのは“福祉は住宅に始まり、住宅に終わる”という結論だった。


いまや、24時間在宅ケアサービスと、体が不自由になっても住める居住環境を整え、見事に質の高い生活環境が実現している。


日本でもようやく、真の生活の質とは何かが問い直されつつあり、1990年から、「寝たきり老人ゼロ作戦」(ゴールドプラン)が十ヵ年計画で展開され、家庭奉仕員の増加、訪問看護制度の実施、在宅介護支援センターの設立など在宅ケアサービスを充実する気運が高まってきた。


だが、これらの人的援助も住まいがそれを受け入れられるようになっていなくては、十分な成果を上げることはできない。


日本の高齢化は世界に前例のないスピードで進んでいる。20年後には4人に1人が高齢者と予測される。


もはや他人ごとではない。一人一人が老いの実態をきちんと見据え、対応を考えていかなくてはならない。


さらに、老後の生活の場は通常の住宅のみばかりでなく、住み替える先のケア付き集合住宅や、福祉・医療施設も含めて老後の生活拠点として考え、一般住宅とともに地域にとけ込みやすいように小規模化し、住まいらしくするなどの配慮のもとに整えられるべきだ。


大事なことは、現在の住環境において、一日でも健やかに生活ができ、心身機能が低下しても安心して住み続けられるためには、各段階のケアサービスが継続して迅速に供給されることが欠かせない。


言い換えれば、地域に一つにまとめ合わせられた生活の拠点とケアサービスとが有機的に結びついた仕組みになって始めて、豊かに老いられる居住環境が実現される。


更に、自分が生存している近未来も大切だが、次世代の未来を考えることも大切だ。


環境問題をはじめとする風潮として「今が良ければ、後はどうでも良い」という刹那主義的な独りよがりは捨てたい。





―極楽へ行く決意を持てー


ロシアの諺に「なぜ死を恐れるのですか。まだ死を経験した人はいないではありませんか」 という一文がある。



親鸞は『唯信砂文意 』に「極楽(ごくらく)無為(むい)涅槃界(ねはんかい)」を下記のように釈している。


「極楽」と申すはかの安楽浄土なり、よろづのたのしみつねにして、くるしみまじはらざるなり。かのくにをば安養といへり、曇鸞 和尚は、「ほめたてまつりて安養と申す」とこそのたまへり。また『論』(土論 )には「蓮華蔵世界」ともいへり、「無為」ともいへり。「涅槃界」といふは無明のまどひをひるがへして、無上涅槃のさとりをひらくなり。「界」はさかひといふ、さとりをひらくさかひなり。 


つまり極楽とは、相対の立場では四苦や八苦のような現実苦と反対の身心共に楽な世界ということだ。絶対の立場では、不苦不楽の世界 であり、無為涅槃界である。


極楽とは「幸福にみちみちている世界」といえる。そこで、古来、これをさまざまに呼んだ。Web百科事典・ウキベディア)



ロシアの諺ではないが、死後の世界は誰も知らない。死を恐れないで、信心の有無はさておいて、どうせ死ぬなら地獄でなく極楽に行ってやるぐらいの決意を持ちたいものである。





―再び学ぶー


老後のビジョンを立てる、志を持つことがまず一番だ。



己が生まれてきたあの世に帰る姿と、この世に残すメモリアルとして、どんな自分になりたいのか、どういう老後を過ごしたいか、目標をはっきりと知ることが肝心だ。

自分の完成した姿、理想像を心に描いて、その目標に向かって創造を続ける。そのために、良きお手本となる人を見つけ、その人に学ぶのが近道になる。

希望を自分の中に育てるのが、人生を幸せに生きるために一番大切なことだと思う。

一方、人間は不完全なものであるという自覚を持つ。それによって向学心、向上心も生れてくる。謙虚に自分を見つめ、自分のことは自分で責任を持つ気持ちが大切だ。

そして常に率先して明るく振舞う。マイナスに傾いた気持ちをプラスに変えることが、幸福な生き方のコツになる。




知人に70才で技術士を取得した人がいる。


技術士は五大国家資格の一つと言われ、技術者としての最難関のライセンスである。合格したときは、地元新聞の「人」欄に写真入りで報道された。その後、高齢にも関わらず県技術士会の会長を務められた。


筆者は40代半ばで悪戦苦闘して取得したが、その時を回想すると、試験準備に一年以上、さらに夏場の暑い時期の膨大な論文試験を経て、冬場の口頭試験に臨む。いわば、2年掛りのチャレンジになる。知人のその努力に対して驚きと言うか、畏敬と言うか、70才で難関に挑んだ気力に敬意を表さざるを得なかった。


人生は一度しかない。その人生を、高齢にも関わらず自己の可能性を信じて行動した結果だ。知人は技術士合格者の最高齢記録かもしれない。


壮年期に取れば、周囲からも一目置かれ社会的にも経済的にも価値があるが、無職の高齢者にとって自己能力の可能性を検証する壮大な挑戦としか言いようがない。


自慢話しめくが、筆者も55才で定年した後、社会人大学院に経営学(プロジェクト・マネジメント)の勉強で経営学修士の学位を取得した。


その後、デザイン事務所を創業した。ビジネスニーズが乏しく、仕事も振るわなかったこともあって、すでに取得している技術士部門に加えて技術士二部門(経営工学と総合技術監理部門)、環境関係のライセンス二つ(ISO審査員と環境カウンセラー)、一級建築士は若いころに取得していたがプラス建築の耐震関係ライセンス二つを取得した。


さらに、ISO関連の環境ボランティア団体創設を創設して地域貢献に取組んでいる。


前述のパソコン習得もあわせてあっという間に数年が過ぎた。


このように表現すると、猛烈多忙に過ぎたと誤解されるが当人としてはそんなに無理した実感はない。


時の流れに身を任せて空いた時間を活用して挑戦しただけで、気負いのようなストレスは一切ない。








―町内は家族で付き合えー


リタイアすると、会社オンリィだった生活から地域との関わりが出てくる。身近な地域は住んでいる町内になる。


子育てやご近所づきあいを通じて地域とのつながりを持っている主婦などに比べて、サラリーマン男性は地域とのつながりが薄い。


これまでは、仲間といえば「会社の同僚」だった男性たちも、退職して会社を離れると、会社以外のところで活動し、仲間作りや生きがいづくりをしていく必要がある。うまく「地域デビュー」ができずに、「退職後ひきこもり」のような状態になって悩んでいる人も少なくない。


シニア世代が地域との関わりを持ちたがっている一方、地域社会もシニアの力を借りなければ成り立たなくなってきている。例えば、地域住民が主体となって地域の課題を解決し、地域社会の再生・活性化を目指すコミュニティビジネスがある。


自治体の財政規模が縮小するなかで、コミュニティビジネスの役割はますます高まっており、その担い手として社会経験と実績が豊富な団塊世代の退職者に大きな期待が寄せられている。地域の元気は、定年後の団塊の世代の活躍にかかっている。


一方、60歳以上の定年アフター世代を対象に行った内閣府の「高齢者の社会参加に関する意識調査」(平成16年)では、ほぼ半数が社会活動に関心を持っているが、実際に参加しているのは驚くことに四%にも満たないという。


かつての会社人間から社会人間・ゆとり人間へとシニアの意識は変わってきており、受け皿となる地域社会からも期待が寄せられているが、実際に社会活動に参加しているシニアは少ないというのが現実のようだ。


会社と自宅を往復するだけで、自分の住む地域との関わりを持ってこなかったのに、「リタイア後は地域の仲間と生きがいづくりを」と言われても、どうしていいのか分からないのだろう。


どんな活動を始めるにもまず地域社会に溶け込むことが必要だが、「公園デビュー」ならぬ「地域デビュー」でつまずいて地域で孤立する人が多いという。地域活動を始めようと思っても、驚くほどその地域社会の仕組みやルールを知らないことに気づき、とまどってしまう。地域社会では、企業OBたちはいわば「新人」だ。



そこには、会社とは似て非なる地域社会ならではのコミュニケーションの難しさが潜んでいる。



地域社会に根を下ろすための「地域デビュー」は意外とハードルが高く、相応の準備と心構えが必要で一足飛びにはいかない。

地域デビュー5カ条。

①できることより、したいことを探す。

面白い、楽しいと感じるものをやる。

②地域には部長も課長もいない。

地域はヨコのつながり。対等、平等の気持ちがいる。

③講演会やセミナーに参加し、自分に投資をする。

会社で得た知識以外の知識を習得し、社会に眼を開く。

④肩の力を抜き、「まあ、いいか」精神。

地域にはいろんな人がいる。多様性を認める余裕が必要になる。

⑤常識は一つじゃない。

効率、スピード優先の企業の論理で、地域は動かない。

内閣府が発表した65歳以上の高齢者の生活実態に関する意識調査によると、一人暮らしの男性のうち「近所付き合いがない」とした人は24.3%で、一人暮らしの女性(7.1%)や、夫婦のみの世帯(4.4%)を大きく上回っていることが分かった。



いずれにしろ、会社人間のままで地域に溶け込むのは難しい。



その時大きなノウハウを持っているのが、家族だ。その中でも妻の存在は重要である。

子育てをはじめとする生活体験の中で、地域の人脈にも通じている。隣人たちの夫々の家庭環境や性格等知っている。



亭主が地域デビューに張り切って、顔見知りの住民にそれよがしに話しかけたり、お付き合いを始めることを苦々しく思っているかもしれない。特に奥様族は気をつけなければならない。女性というものは同性同士で、気が合う、合わないは結構激しいものだと心得なければならない。



隣人・町内と付き合いを始める時は、家族、特に妻と一緒に付き合うことが無難である。女房の尻についてお付き合いを始め、前述5カ条を心得えながら数ヶ月も経てばおおよその人間関係が判ってくる。


家庭円満、地域融和、良好な地域デビューを果たすには、妻のノウハウが活きて来る。亭主は偉いと思うなかれ。サラリーマンリタイアの亭主は、町内では移民にも等しい。先住民(妻)を見習うべきである。