香港国家安全法施行は中国の主権、
アメリカは内政干渉の口出しを慎むべきです。


 報道によると8/7トランプ大統領は声明をだし、香港政府のトップ林鄭月娥行政長官はじめ、香港政府や中国政府高官など11人に対し、アメリカ国内の資産を凍結する制裁を科したと発表しました。香港国家安全法施行に対する制裁とのことです。

 香港国家安全法とは、中国の国会にあたる全国人民代表大会で可決成立した法律(正式名称は、中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法という)中国の法律です。

 中国の国会で可決成立した中国の法律に口出しして文句を言うこと自体、内政干渉にあたりアメリカの非は明らかです。百歩譲って内政干渉してでも文句をつけるアメリカの言い分を聞いてみると、「香港の一国二制度の原則に反し、香港の民主、人権が侵害されるからだ」とのことです。

 ではいったい香港の一国二制度とは何でしょう。話はアヘン戦争(1840~1842年)にまでさかのぼります。ぼろ儲けを目論むイギリス商人が中国にアヘンを売りまくります。当然、中国にアヘン中毒が蔓延します。ときの中国政府、清朝はアヘンの輸入を禁止します。アヘン禁輸に激怒したイギリスが戦争を仕掛け中国清朝は降伏(南京条約1842年)させられました。この時、香港は植民地として中国からイギリスに奪い取られたのです。これに味を占めた欧米列強(イギリス、アメリカ、フランス、ロシア)が同じ手口で戦争(第二次アヘン戦争・アロー戦争1856~1860年)を仕掛け、次々と中国から植民地を奪い取ったのでした。その後、日本も満洲独立・満洲国建国(1932年)という形で中国から植民地を奪い取りました。香港も日本軍が占領しイギリスにかわって日本が植民地支配をしました(1941~1945年)。これに対し、中国人民による血みどろの戦いの末、中国は民族の解放と国家の独立を勝ち取りました (中華人民共和国建国1949年)。こうして植民地は次々に解放され中国の懐へと復帰したのです。香港の中国への復帰はイギリスの香港租借期限となる1997年迄待つこととなります。1997年、香港のイギリスから中国への返還に際し、中国側から「香港に50年間、資本主義を残すことを認める。」ことが提案され香港の一国二制度がスタートしたのです。


アヘン戦争

 本来ならば、中国は香港を武力解放することもできたのです。しかし、中国は租借期限の1997年まで待ち、しかも一国二制度という形で鉄砲を一発も撃つことなく、香港の中国復帰を実現しました。この時、私は中国の度量の大きさに感銘を覚えたことを思い出します。即ち、一国二制度は、中国が中国の主権のもと提案し採用した制度です。しかも、香港国家安全法は現行の香港における資本主義制度を否定するものでもありません。


香港返還を伝える(1997年)当時の新聞

 現在、香港は完全に中華人民共和国の主権下にあります。香港国家安全法の目指すところは、「香港が再び中国の主権から離れることは断じて認めない」ことにあると思います。単刀直入に言えば「二度と香港を他国の植民地などに絶対しない。」ということです。

 植民地時代には、中国人に民主も人権も無かったのです。第二次アヘン戦争でイギリスと肩を並べて中国での植民地争奪戦に進んで参加したアメリカに香港国家安全法を批判する権利も、香港の民主・人権を語る資格もありません。アメリカに解決が求められるのは香港の民主・人権問題ではなく自国の黒人差別・人権問題の解決でしょう。

 
星条旗を掲げる香港のデモ隊。彼らの言う「民主・人権」の本質が垣間見える

 最後に一言。「民主・人権、香港独立」と「五族共和、満洲独立」、これ全く同じフレーズに感じられてなりません。(伊関)