IT機器累々 その3 | ケンさんのブログ

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IT機器累々 その2 からの続き


奇特な人々

本当にポケットに収まる電卓が貧乏な学生でも買えるような時代が到来した。
そして日本の卓上計算機メーカーであるビジコン社の嶋正利氏が、世界で初めてのマイクロプロセッサ(CPU、マイコン)である4bitのIntel 4004を作った。
嶋氏はその後、曲折を経て、Intel8080(i8080)、ザイログZ80など、その後のコンピュータの主流となって行くものをアメリカで開発した。
著作権にうるさくない昔のことなので多くの半導体メーカーがI8080の模倣品を作った。

NECも、CPUを量産すると、それを使って貰うための技術者用の評価キット(トレーニングキット)TK-80を半導体デバイス部門が作成して、比較的安価で販売した(1976/8/3)。
安価といっても、ターゲットのエンジニアにとって予算をうるさく言われない程度の安価で\88,500である。
開発の経過などは故 富田倫生市の「パソコン創世記」に詳しく、ネット上に公開されている
こちらは、別のリンクで章別になっていて、TK-80開発の初めころへのリンクである。
開発者を集めて2010/3/28に理科大で行われた「パソコンの元祖TK-80・実演とシンポジウム」の様子は、http://ascii.jp/elem/000/000/510/510160/などに載っている。
電子計算機の主要な機能が数個のICで簡単に実現できるためマイクロプロセッサは計算機としてよりも色々な製品に組み込んで使う制御用として期待された。
もっとも計算機の専門家からは、おもちゃ扱いされたらしい。
ちゃんとした入力装置も出力装置もない16進のキーボードとセグメント式のLEDがあるだけである。
なまじ、専門家ほど、この小さなチップが後に計算機の主流となっていくとは想像できなかったのだろう。


このキットをサポートする場所として昔の電気街、今ではオタクやフィギア、メイドのお姉さん、爆買いの外人さんでにぎわう秋葉原の駅の真ん前のラジオ会館の7階に販売店の協力を得てNEC Bit INNを開設した。

ここに大人から子供までコンピュータに興味ある人間がどっと押し寄せたのである。

たぶん、NECの半導体のプロジェクトの面々はアメリカの動向なども見てこの分野のエンジニア以外が使う可能性を多少は予測していたに違いない。
しかし、実際は予想をはるかに上回るもので、社員は労働組合の休日出勤への反対などにも本人の自由意思ということで土日も休まず懸命に応対したとのことである。

このキットを買ったすべての人がちゃんと使えたわけではないだろうが(半田付けさえしたことのない人もいた)、中には、テレビに出力したり、タイプライターをつなげる人もいて、こうした人のおかげで機械語だけでなく簡単なBasicまで動くようになった。
自分たちが欲しいものを作れるという大きな可能性が見えていたのだろう。
こうした人々の努力のおかげで(組み上げられなかった人も含めて)日本のパソコンは世界に負けないような発展を遂げることができたのだろう。
感謝

残念ながら自分はこのころのBit INNを知らない。
中学の授業で3石のトランジスタラジオを作るのに失敗したときから電子製品の半田付けは天敵である。
それにお金も無く、アキバの近くに住んでもいなかったからでもある。
部外者にとってBit INNは何やら海賊の巣窟のようなイメージであったが、後になると普通のショールームのようになってしまった。
しかし、初期のBit INNが日本の電子産業に果たした役割は半端でないということに異論はない。



パソコン黎明期(年表)

コンピュータはワンチップ型のマイクロプロセッサ(CPU)がブレイクスルーとなり、その後のコンピュータの大衆化と高性能化を推し進めた。
最近はパソコンもアップルの少数を除けばPC/AT互換機の系統ばかりだが、黎明期にはいろいろな機種が出てきた。
黎明期のCPUと自分が特徴的と考えるパソコンの表を作成した。
i40041971/11/15最初のマイクロプロセッサ電卓用 嶋氏が中心的に関わる
i80081972/4最初の8bitCPUピン数が少なくCPUとしての使い勝手は今一つだった
フランスのR2E社 Micral1972i8008
昔のミニコンのようなスタイル US$1750
開発者は後にTurbo PascalやTurbo CのBorlandを起こした
Micral
i80801974/4嶋氏がIntelに入って開発したCPU嶋氏がザイログにスピンアウトして作ったZ80とともに8bit機の代表的CPU
Altair 88001974/4i8080 本体のみの組立キットでUS$397
格安キットでいろいろな周辺機器やクローンやBasic ROMが作られ後のパソコンの基本となっていった
Altair
日の丸ソード SMP80/201974/5発表i8080 日本のメーカーのミニコン風コンピュータ
Apple I1976/7CPU MOS 6502
基盤に部品が実装されてはいるがこれもメインボードに電源の一部がついているようなキットである
US$666.66 現存数は少なくとんでもなく高く取引されているらしい
日の丸NEC TK-801976/8/3NEC μPD8080A(i8080A互換)
日本のマイコンの火付け役となったキット
コモドールPET20011977/1発表(発売は10月)CPU MOS 6502
世界初オールインワン型のコンピュータ
モノクロモニター、カセットデータレコーダ付き
Apple II1977/4CPU MOS 6502
Apple Iの成功を受けて、これもウォズニアックがほとんど一人で作り上げたといわれている初の完成機
半田付けができなくても機械語がわからなくても使える初めてのコンピュータ
日の丸ソード M2001977/9Z80A
日本初のモニター、FDD、Basic付きのオールインワン
値段は約150万円
日の丸アスターインターナショナル コスモターミナルD1977Fujitsu MB8861(MC6800互換)
ショップブランド詳細不詳
これを日本で最初のパソコンとする人もいる。
マニアックな製品だったようだ
ラジオシャックTRS-801977/9Z80
本体US$399、モニタ、レコーダ付きでUS$600
i80861978/6/8パソコンの主流となる16bit CPU
日の丸日立ベーシックマスター1978/9HD46800(MC6800互換)
日本で最初のマニアでなくても買えるパソコン
日の丸シャープ MZ-80K1978/10Z80
当初組立キットとして発売されたオールインワン機
BasicがROMでなくカセットデータとして読み込まれた
日の丸NEC PC-80011979/9/28μPD780C-1(Z80-A互換)
普通の人用のパソコンとしては3代目で後発だが一番人気があった
TK-80のころから担当部署の人徳でソフトや対応機器が多かったのだと思う
日の丸日立ベーシックマスターレベル31980/5MC6809
人気はなかったがものとしてはよかった思うぞ
自分の買った最初のパソコンなので
 
IBM PC(model 5150)1981/8/12i8088(i8086のサブセット版) 16bit CPUの幕開け
IBMのブランド力とオープンアーキテクチャーのおかげで瞬く間に標準機になる
OSもMS-DOS(PC-DOS)を採用したことでデファクトスタンダードになる
日の丸NEC PC-88011981/11 μPD780C-1(Z80A 4MHz相当)
ビジネス用途も視野に開発したらしいが8801シリーズは最強の8bitゲームマシンとなってった
日の丸富士通 FM-81981/5MC6809x2(ひとつはグラフィック制御用)
高性能で意欲的な8bit機である
惜しむらくはホビーユーザー向きではなかった
日の丸富士通 FM-71982/11MC6809x2(ひとつはグラフィック制御用)
FM-8をよりホビーユース向けにし、手を抜かずに低価格化したもの
積極的に対応で日立を押しのけ8bit御三家の一角となった
日の丸NEC PC-98011982/10i8086 国産の16bit機の代表
(16bit国産初は三菱MULTI16/1981)
押しも押されぬ日本の98時代の幕開け
日の丸NEC PC-8801MkII1983/118bitホビーユース機路線にシフト
この後のPC-8801mkIISRでは音源も積みホビーユースのNo1に
5インチFDDが内蔵できるようになってソフトFDで供給されるのあ当たり前になったついて
IBM PC/AT 5170</td>1984/4/14i80286
これもオープンアーキテクチャーを採用したためPC/ATがあっという間にパソコンのデファクトスタンダードになった
IBMがオープン路線を修正しようとしてもそのころにはPC/AT機IBMのものだけでなくなっていた

これ以降は、独自路線のアップルを除いて、ほぼすべてi8086に源を発するx86系のPC/AT互換機のパソコンばかりになっていく。
OSもMicrosoftがIBMにPC-DOSの専属販売を拒否してMS-DOSとして販売したのが、IBM PCクーロンの9拡がりとともに普及した。
日本では、日本語を取り扱う能力を持つハードが必要なため日本独自のパソコンが使われ中でもNEC-9801の問題からそれに対応した機種が必要なため 日本では日本語を取り扱う問題があってしばらくはNECの9801シリーズの独断場となったが、文字を表示する能力の向上とWindowsの普及に伴い日本でもPC/AT機が制覇した。
PC/AT機のOSは、ほとんどがMicorosoftのWindowsである。
MS WindowsにはWordとExcelというあまりにも強力なソフトがある。これがないと多くの仕事が進まない。
特に日本ではExcelは、データファイルそのものをやり取りするようなデファクトスタンダードである。

Appleが普及しない最大の問題はExcelとWordの使い勝手だろう。
Mac用のExcelやWordはWindows版と完全な互換性はない。Windows用ならばOffice2000という何世代も前のバージョンでも互換性に不自由することは少ない。
この圧倒的に大きな問題があるわりにはMacは健闘している。
Macを選ぶ動機は圧倒的にかっこよさである。システムとしての能力はPC/AT互換機の方が上である。
デスクトップなら自分で吟味した構成で作り上げることもできるしOSを選ぶこともできる。
一応Mac Book Proも持っているがWindows使いには頭にくるほど使いにくい。
もっとも健全な普通の人々にとっては、慣れの問題でどちらもそのうち普通に使えるようになるだろう。
Macがかっこいいと思っていてかっこよさを求めるか、Macでしか使えないソフトを使用したいのならMacを使えばいいだろう。
もっとも迷う程度の使い方なら最近はタブレットという手もあるかもしれない。無線のキーボードもマウスのあるので近いところがよく見えるなら表計算ソフトやワープロも使える。何より安い。



つづく  IT機器累々 その4



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