なにやってんだ俺?
最近、筋肉少女帯にハマっている。
というか大槻ケンヂにはまっている。
10年くらいまえから、ちょこちょこレベルでは聴いていたが、半年くらい前に大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』を読んでから、あらためて彼の素晴らしさに気付いたのだった。
『グミチョコ』は、かつての大槻ケンヂをモチーフにした小説で、主人公大橋賢三は、「自分だけはまわりの馬鹿な奴らとは違う」という選民思想を無根拠な青春時代特有の自身とともにもち、日々突き刺さる現実には、夢想のオナニズムを持って、虚空を見つめる男。
なんだか齢32にして、青春小説にここまで共感するのもはずかぴー気も多少はするが、いや、それが俺だ。
ってか、主人公が結局、俺そのものじゃないか!!
それは学生時代の俺でもあり、また現在の俺でもある。
つまり、いまだに本質的なところ、俺は変わっていないのだ。。
「いつか、飛べる」と思いながら、ちょこちょこと模索をして、そしてまた手が止まり、悩み、また衝動的に何か文章を書いたり、音楽と瞬時に一体化したり、奇妙に瞑想の世界に入ってみたり。
でも、気付くとまた見つめている虚空。
大橋賢三は、それでも自らの抑えようもない表現の欲求を、バンドと言う形で表現して、爆発させた。
そして今の彼がある。
一方、俺には、無い。
もちろん、そこそこのビジネス社会でやっていく能力と主体的行動力とタフネスは持っているが、そんなの、持っている人間は、吐き捨てるほど、たくさんいる。
実は、「自分のような人間は、実は世の中いくらでもいるんだ」と頭の中で認めることができた(というかできる入り口に立ったのが、)ようやく最近なのだ。
あほか。
永遠の少年。
永遠の青年。
いいけどさ。
年取った分だけ、もうちょっと飛んでいたいよね。
じゃ、飛ぶって何かっていうと。
なんなんだろう?
個人によって異なる、キャリアアンカーみたいなものなかのもしれないねえ。
要は、『自分自身の価値観に照らして最高だと思うものを、自分ならでは、という独自性のスパイスをくっつけながら、追求している状態』の獲得、こそが、飛ぶってことかもしれないね。
俺の場合は、キレイに言うと色々あるけど、
・自分独自のアイディアが練りこまれたものを人が喜んで使うとき
【オリジナルへの肯定。人が自分になるという伝染行為への肯定】
・注目されて、ちょっと達観できるポジションにいて、その中でもポジションに溺れずに謙虚さを持って人に接し、感謝されるとき
【偉そうな自分への戒めを感じたオナニー的ポジション】
・人に自分の辿ってきた成長過程を要約して伝えて感謝されるも、最後には、人とは違う「特別な存在」と認知され、「それは、あなただからこそできる特別なことなんですよ」と言われ、さらにそれをどう相手にインストールできるのか悩み、やはりそれは自分が故の持ち味かもしれないから、相手には相手の持ち味をベースにした接し方、ゴールへの帆走をせねばとぐるぐる頭をまわしているとき
【人生集約の伝達と、自己のぬぐえぬ選民思想と、広く「人間」それぞれの持ち味の支援への難しさへの気付きと快楽】
・酒と女と煙に埋もれる思考停止状態の中で、人間としての理性を巡らしている夢想のとき。(そんな時、トイレで夢想の世界の勝者であるもう一つの鏡の世界の自分に、にやりと笑い話しかけてみたりする虚無感も同時に感じたりするとちょっとバッドになるが、それもまたいいスパイスでまた元気になったりする)
【サイケデリクス世界、つまり狂気と正気のハザマで立つ自分を認識する自分というメタ認知的世界】
・インテリ世界とスピリチュアル世界の往復を通じて、唯一無二感を感じちゃうとき
【世界への鍵穴のアンテナの広さの認識への認識】
・自分がかつて所属していた集団への世界的な肯定感を、現在の自分への肯定感と接続したとき
(心底ここまでできると最高だが、だいたいは、外からそう見られているだけで、当の本人はいびつな理解のされ方に逃げたくなり、口を閉ざしたくなる。すごいと思われたいが、思われすぎて、そこを深く入られすぎると、実際そこまですごくないというか、なぜ自分がこんなキャリアを歩んできたのか不思議なぐらい自分は矮小な人間で、みなさんの方がまっすぐだし、頭いいし、タフネスあるし、全然すごいのよ、と心から思っちゃったりもしますが。。)
【実体の伴わないブランドと自分との合一感】
・五感を特に使う場面で、他人に比して自分の高みを感じたとき。
(結局、感覚の世界だからオナニー的なものだし、世界の平均値を正という他ないし、その中での自分の感覚は科学的に検証したらしょぼいのかもしれないが、感覚だからどこまで行っても、科学が未解明部分を残す世界という背景的ないやらしい安心感も手伝ってね。そんなとき、人をかわいそうと哀れむキモチをもって、自分を高みに登らせていたりする。)
【決して検証されえない自己優位性、選民感の確信】
だーっと、表現欲のまま、自分の最高快楽ポジションを書き連ねてみたが、
なんて俺は汚らわしい人間なんだ!!!
、、、という自分をメタ認知して、それでもなお選民感を味わっている自分がいて、また汚物の無限ループの世界が頭をかけめぐったりする。
要は、自分を俺はこう思っているのだ。
唯一無二というナンバーワンかつ、オンリーワン感を目指してきたが、少しばかりの要領のよさをいいことに、実体の実力が無いのにカッコつけてたら、まわりもだまされている状態。
その中で、やはり振り返ると他人の方が優れている部分がたくさんあり、結局俺のオリジナルってなんなのよ?やはり、俺じゃないほかの誰かでも、俺は代替可能な人間なんじゃないだろうか、どんな局面でも。
と考えてしまい、また虚空を見つめる男。
、、、むなしすぎる。
いや、ちょっと自己卑下しすぎじゃないか?!
もうちょっと、まともなんじゃないか?
人に勝てると本気で思っているところって、「丸裸な自分をまるだしでさらけ出し、人や場の信頼形成をしていく力」くらいか。。
特に数十人以上の規模のプレゼンなんて、聴衆を巻き込む力に関して、自分よりすごい人間なんてまあ、見たこと無いもんなあ。
もちろん世間知らずを前提にして、語ってますが。
うーん。でもコレも芸能とかの世界なんかだといるのかもしれないな。。
いや、まてよ。
少なくとも、現在自分が主戦場としているフィールドに、自分と同じようなタイプの人間がいないと言い切れる強みを確信しているなら、それはそれで誇れる価値じゃないの。
他のフィールドですごい、と自分から見て思う人が、自分のフィールドでやっていけるかどうかなんてわからないんだから。第一、同じフィールドで戦うことなんてないと思うし。
少しは進んでいる気もするが、結局度ドツボ系だ。
結論!ちゃんとアクションに少しでも繋がる前向きな結論をださなきゃ!
★なんだかんだ言っても、「丸だし」が俺の唯一の強み。
★中身のレベルは唯一無二じゃないかもしれないが、「恥ずかしがらずに、どこまでも出せる!」のは唯一無二といえるかもしれない。
★ってことは、仕事でもそれ以外でもやはり「丸出しのスタンスを持ったまま、発信し続ける」ことに、飛ぶためのきっかけがある可能性がある。少なくとも何もしないよりもましだし。
★やはり、人間の可能性を信じたり、自分が気付いたことを伝承したりすることが最高だ。経営者として最高の組織を作ることを通じてそれを体感するか、それともど真ん中人材ビジネスの世界でそれを感じるかは選びよう。後者を極めて、前者を体現するのが楽しいかもしれない。(が、ネタがない。。。どうしたら見つかるんだろう。ビジネスの種って。)