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ひとりごと。

避難所の代表の方 のニーズを伺っていた4月13日。


「あの~・・・・・私もいいですか・・・?」

暗く、消えそうな声。

振り返ると、顔色の悪い頼りなげな表情の女性が立っていた。

それが久美子さん。

お話を伺うと、

もともと2階建てコーポの1階部分に住んでいたんだけど

そこが津波で被害を受けて全部ダメになってしまった。

それでも2階なら人は住める。

その2階へと続く階段の前を

6台もの車が津波でアーチ状に折り重なってふさいでて、

それをどけてもらって、ようやく2階に行けると思ったら

次の朝には瓦礫をおかれた。

しかも、手で持ってこれる量じゃない大量の瓦礫。

おどおどしながらも、まくしたてる。

状況を見に行きましょう、と歩きはじめたとき

少し笑顔で語り始めた。

「私、ガンなんです。

 乳ガンから、肝臓に転移して、最近、肺にも影が見つかったんです。」

「家族は今、みんなハワイにいるんです。」

病気のことにはコメントできず、

「家族がハワイならみんな無事でよかったですね」

そう言いそうになったとき、


「みんな黒潮にのってハワイに行ってるんです。」


私は、その言葉でようやく理解した。

この人の家族は、みんな津波に流されて

まだ見つかってないのかもしれない、ということを・・・


「娘も家族もみんなが流され、

 ガンの私だけが生き残ってしまった・・・。」


久美子さんのアパートに行くと、

女性では手が出せないほど、

畳や、棚や、材木、泥などが山のように積まれていた。

ちょうど、近所のお宅の泥だしを頼んでいた男性3人に

きりがついたら道路から階段までの道を作ってもらえるようにお願いした。

そして、久美子さんはほっとした表情で病院に行った。

数時間後、病院から戻った久美子さんに

終わりましたよ、と声をかけ

私は別のところをやらなきゃいけなくて

他の人に久美子さんとアパートへ行ってもらった。

道路からアパートの階段へと続く、ほんの数メートルの道。

それを見た久美子さんは

「私ねガンなの。
 乳ガンから肝臓に転移して肺のMRIを受けようとしていた時に被災した。

 主人も子供もお母さんもみんな黒潮に乗ってハワイに行ったきり帰ってこないの。

 元気な人がみんないっちゃって、余命宣告を受けた私が生きてる。

 私ね今日まで一度も泣けなかったの。

 もう、どうやって生きたらいいか解からなかった。

 でもね、今日こうして助けてくれる人がいるんだな~って

 思ったら私生きていけるかも。

 ありがとう。」

そう言って、彼女の胸で泣いたそうです。。。


それから11日後、

再び会った久美子さんの笑顔は明るく、力強かった。
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それは、あの日の久美子さんを知る人が

写真を見ても本人と分からないほど。

私はそんな久美子さんの写真を何度も何度も見た。

そして、その笑顔に元気をもらった。

先日、久美子さんにあの日撮った写真を送ると

数日後、久美子さんからメールが。

『私のアルバムはこの写真から始まります。

 何もかも無くなりましたが、皆さんのお陰で頑張る力を頂きました。』

その言葉に私の方が力をもらったし、うれしかった。

久美子さんは、ライフラインも整い、

6月6日(月)からようやく避難所からアパートに戻ることができた