日食なつこブログ

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日食なつこオフィシャルブログ



「瞼瞼(まぶたまぶた)」
2014.08.20 RELEASE
LDQF-10001/ 1,800円 (tax out)

23 歳の SSW・日食なつこが ドラマー対決の末に生み出したニュー・ピース。
未知なる大海へと流れいずる、 岩をかむ急流の如きロック!!



 

 

 

 

 

 煙草の煙にまかれて打ち合わせをしてきた。

 我々のテーブルではない。どこか遠くの別のテーブルから漂ってきた煙草の煙だ。

 別に全面禁煙の店でも無いしよっぽど喉の調子が切羽詰まってる時以外は特段煙草の煙は気にしない性格なので、むしろ久々に煙草くさくなったニットを嗅いで懐かしさを覚えているくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 煙草の匂いを嗅ぐと思い出すことが色々ある。

 元々近親者には愛煙家が多かった。

 軒下のベンチに腰掛けて父は毎日欠かさず一服するし、夕方の物置小屋の薄暗がりで生前の祖父は泥まみれの農作業着を着たまま煙草をふかした。

 隣家の祖父の友人もそうで、シャッターを開け放った車庫にちゃちなパイプ椅子を出して座り、煙草を片手に祖父と長話をしたり、陽の光を浴びながら庭を眺めていたりしていた。遊びに行けばいつもポケットからおやつサラミを出して寄越してくれ、それは魔法のように美味しかった。大人になって自分で全く同じ製品を買って食べたことがあったが、何故かあの日のサラミとは別物なのだと認識した記憶がある。

 親戚たちの集まりでも子供の横で大人たちは普通に煙草に火をつけた。アルミの灰皿と共にテーブルに並んだジュースやビールの瓶。それを囲むように広がる手製の料理の数々。台所で伯母や従兄弟のざっくばらんな指示に従い配膳を手伝うのは、大人びた振る舞いのようで誇らしかった。

 

 

 

 制服を着る歳になり、やがて家族の外にもコミュニティーを作るようになった頃にclub changeというライブハウスに出会った。

 映画館通りにあるWAVEとは異なり、駅から遠く離れた場所にあるchangeは細い階段を4階のホールまでうねうねと登って行くような建物で、その細い階段の天井から床まで、むせ返るような重たい煙の匂いがみっちりと染み付いていた。

 当時学校以外に仲間を作ることができるのがとても嬉しかった私はchangeの全てが大好きで、入り口から見上げる階段に足を踏み出しその匂いを身体中に浴びては「あぁまたココに来れたなぁ」と胸を躍らせたものだった。楽屋もステージも事務所も同じ匂いでいっぱいだった。そこに行けば誰かが必ずいた。思いきり歌って腹を抱えて笑って膝を突き合わせて話をした。幸福で雑多な思い出たちと一緒に、重たいその匂いはいつもあった。

 あれがいわゆる「ヤニ臭さ」というやつなのだと知ったのは、その後各地のライブハウスを渡り歩き全く同じ匂いに出会すようになってからのこと。昔はそれは愛する隠れ家にだけ漂う匂いだと思っていて、その正体を知ってしまった時はやや肩透かしを食らった気分だったが、それでも今もライブハウスでヤニの匂いを嗅ぎ当てるとどうしようもない郷愁に襲われてしまう。鼻腔の奥に、あの細い階段を登った記憶が焼き付けられている。

 

 

 

 月日は経ち、Hジェネ祭りの催された平成も終わった。

 時は令和。

 きっとこの先世界はどんどんクリーンになって行く。

 喫煙ルームのないオフィス。綺麗な壁のライブハウス。騒ぎ声のない静かな公園。

 平等で、誰も傷つかないように柔らかくて、何も汚れない静謐な世界。

 そこに私の哀愁が生き残れる場所があるのかどうか、心配でならない。

 今夜渋谷の真ん中で思い出した、煙草にまつわるいくつかの大事な記憶。

 藁くずの吹き溜まった小屋でどっかり椅子に座り、1日の仕事を終えた充足感を漂わせながら満足げな顔で煙草をふかしていた祖父の姿を、私はいつかまたどこかでふと思い出したい。

 そのきっかけになる煙草の匂いがこの先世界から薄らいでいってしまうのだとしたら寂しい。

 それだけの話。

 

 

 

 

 

 以上。