5月から6月の風物詩として蛍見物がある。  4月の桜と比べるととてもメジャーなものではないが私はこれが大好きだ。  決して桜の季節の花見が嫌いというわけではない。 まだ人がいない時の早朝に見る桜はとても綺麗だし、生きる力感じられ 自分自身もワクワクするようなあの感じは花見ならではのものであろう。 あれはあれでいいのだが、ほたる見物には一見見過ごしそうなあの光と人だかりでガヤガヤする事はない、落ち着いた情景が花見と比べて好きなのである。  静かな山の中 川の音だけが響いて その中に幻想的に光が舞っており、決してはっきりと明るいものではないが確かに存在する自然界の光がとても美しい。  蛍に限らず自然の中で一人でボ~とすると今の自分自身と対峙でき、普段まとまらない考えや悩みなどが癒され思いもしなかった解決策が思い浮かんだり、確実に次に歩き出せるチカラを得ることができるとわたしは思う。 一人ひとり 考え方は違うように 悩みも千差万別で 自分自身と向き合わない限り悩みや問題は解決しない。親しい人に相談して解決する人もいるだろうが、それは自分自身の場合、ただの慰めであり、可哀想な自分を自分自身慰めているに過ぎない『逃げ』と思う。そもそも人に聞いて簡単に答えなど出せないのである。参考程度にはなるが根本的解決には至らない。 わたしは誰の力も借りず、自分自身で答えを見つけないと納得できないので自然の中で一人でボ~とする事は、今までの自分の周りにこびりついていた余計なものを考えることなく 『ひとり』の自分自身と一対一で向き合える機会が得られる特別な時間なのかもしれない。 

インパクトの強い夢や記憶に残る夢を見た事があるだろうか  おそらく今までに一度や二度くらいあると思う  自分もそうである  特に最近ものすごく気になる夢を見た・・  火事の夢である  最近はあまり夢を見ないが(見ているのかもしれないがただ残らないだけなのかも・・)この夢は衝撃的であった  インパクトの強い夢というのは今まで時々あったが火事の夢などは見たことが無かった  ・・しかも連続して2日間も・・メラメラ    1日目の夢の内容はこんなものだった   自分は寝ており、ふと目を覚ますと玄関から火が上がっていた! 外のベランダからも火が上がっており急いでバケツの水でで消火するというものだった  しかもそれだけでは終わらなかったのだ  なんと黒焦げの玄関にわら人形が落ちていたのである    それを手に取り手が震えている叫び・・・ という内容だった   2日目は実家の裏山が燃えており、そこには親戚一同がいたのだが、誰一人火を消そうとするものはおらず自分一人で消火するというものだった     あまりにも気になったのでこの夢についてネット検索等色々してみたのだが、内容の良いものもあり、また反対に悪いものもあった   内容のいいものの中には『何かが生まれる』というものがあった・・   

  そうしてすぐ妻が妊娠していることが分かった   今は妊娠している妻と二人様々な身体変化に一喜一憂している  きっと子供が生まれるともっともっと色んな発見や初めてのワクワクに二人振り回されるのであろう  二人の間に生まれてくる子供に感謝したい  二人にこれ程までにワクワクを与えてくれてありがとう  そして逢える日を毎日毎日楽しみにしてるからね

結婚までの独身生活を楽しみたいとお考えの方はそれは相手のご両親に挨拶に行く日までであると私は思う 例え挨拶から結婚式まで1年くらいあったとしても本当にあっという間にその日はやってくるのだ ・・早い早いとよく言うがこの一年はホントにとっても早い  自分も結婚する前までは1年あれば独身の時にやり残したことはほとんどできるであろうと思っていたがとてもそんな暇は無かった  結納やら結婚指輪を選んだり、引越しやら 家具の買いつけ 結婚式場探し そして実際の結婚の準備、今は手作りウエディングが流行っているのでその為の準備も色々とやらなくてはならない・・・ 自分は結納をしたので結納品を選んだりするのも意外と時間がかかった  結婚は両家がするもの ということを感じたのが結納であったので、もし結納をするかしないか悩んでいる人がいれば是非やった方がいいと私は思う  当初 自分はそういった古風なものは否定派であったがやってみるとこれが実に良くできているのだ 本当に勉強になった きっとこの儀式の中には今までの先人の築いてきた両家にとって’丁度いい中間’という礼儀としきたりが入っているのであろう  

 結婚する前までは自分が今までおおよその事はやってきて新しい事もなく、まあこんなもんだろうと人生を決めつけていた感があった  きっと独身のネタに尽きていたのであろう  これは人それぞれだから主観で決めつけれるものではないのだがふと何事にも冷めるというのが自分にとってそうであると思う  きっともしかしたら結婚を決めた新しい第二の人生を告げるものだったのかもしれない