今日で、11月も終わりですね。(今週末から、忘年会始まります!にひひ

昨日は、他人とのつながりの希薄さが、お金を使うことへの

不安を生んでいる(要は、頼れるのは、お金だけみたいな感じ。)と

いうようなことを書きました。


みなさん、電車の中で化粧をしている女性よく見かけますよね。

あれって、周りの人が物と同じと感じているから出来るらしいです。
(社会学者の宮台さんが言ってました。)

「他人の目は気になるけど、物に見られても気にする必要はない。」

ってことですね。


密接な人間関係というものが極めて限定的な範囲にしかない。

これは、家族間にも言えます。

みなさんの家族では、家族旅行に行くときに、

子供は友達と遊びに行くから、行かないとか、

勉強に忙しいから行かないとか、

ありませんか?


これって、ほかの国では、あり得ないことらしいです。

「家族と友達と遊んだりすることや勉強とどっちが大切なんだ!」

ということになるそうです。


関係性の重要性を認識いしているがゆえに

常に、絆を強めようとする行動をとるようになってるみたいです。


日本にもかつて、共同体は存在しましたが、

単に一定地域に住まなければならなかったことから

存在しただけで、その重要性を認識していなかったので、

その修復手段をもたなかったし、修復しようともしてこなかったそうです。

(これも、世界的に類を見ないことだそうです。)


かくして、日本には血縁の絆もコミュニティもなくなってしまいました。
(沖縄を除いて。)


ある不動産管理会社の方の話ですが、

30年後にマンションを修理するために、これくらい必要なので

積立金を少し、多くしてもらうように話すと、

一定以上の年齢の方は、そのころには自分たちは死んでいないから

いやだという方が増えたそうです。

資産価値が下がりますよと言っても、聞いてくれないそうです。


同じマンションに住んでいるだけでは、

共同体にはなりえないのでしょうけれど、

自分の子供に資産として残るはずなんですけどね・・・・。


私には、これも、自分しか見ていない例のように感じます。

続きは、明日。