放送作家 西川栄二のブログ

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放送作家でお笑い学校校長の西川栄二のブログ

そうなんですよ、

見ている時は特別面白いわけじゃないけど

見終わったら「見てよかった」としみじみと思う、

そんな映画が時々あるけれど、

「サンキュー、チャック」は、まさにそんな映画だった。

 

とにかくこの映画について、話したいことが山ほどある。

 

僕はこの映画のメッセージについて、

勝手に受け取ったことが二転三転しているのだけれど、

今、強く思っているのが、

「自己肯定の強い人生は幸せだ」ってこと。

 

主人公のチャックは

おばあさんから、他人に自慢できる趣味を持つこと、

他人を楽しませることの大切さを教わり、

おじいさんからは、他人の役に立つことの大切さ、

そして経済的に豊かであるための教えを授かり、

さらに小学校の先生からは、人生を豊かに生きるための指針を

与えてもらっている。

 

その結果、チャックが死を迎える瞬間に

彼の頭の中で流れていたと思われる映像が

それはそれは自己肯定感に溢れているのです。

 

イマイチ自己肯定感が強くない人、

頑張って自己肯定感を強くしてきた人には

ぜひ見てほしい映画です。

 

物凄く勝手な僕の解釈だけどね(笑)。

立教大学に4年間通って、

その後、東武百貨店で6年間働いた。

都合10年、池袋に通っていたわけで、

僕はそれなりに街に愛着がある。

 

だけど大学時代の仲間と集まるとなると、

池袋以外の場所が圧倒的に多くて、みんな口々に

「池袋には、そんなに愛着がない」と言う。

 

これってどうしてなんだろう…と考えてみました。

でね、結論として、基本駅から出なくても済むからだと

思ったのです。

 

池袋ってさあ、駅ビルみたいに

東口に西武百貨店があって、西口に東武百貨店がある。

実際、東武百貨店で働いているときには、

「街に出なくても買い物ができる総合デパート」を

標榜していた気がする。

 

でもさあ、デパートって、

その時その時の流行りものを扱うお店。

でも流行りはコロコロ変わっていくから、

自分のお気に入りのコーナーや商品も

気が付くとなくなっていたりする。

すると、用事のない街になってしまうよね。

 

実際、池袋には老舗も少ないし、

僕が通っていたお店も全て消滅してしまった。

歴史のあるお店も、あるにはあるんだけどね。

 

このあたりは、銀座とは雲泥の差があって、

そもそも「すり鉢状」の中心に駅があるか、

「編の目」みたいに街が四方に伸びているか…

っていうのも、意外と大きく関わっている気がするけどね。

 

今、盛んに「つまらなくなっている」と言われている

渋谷の再開発も、

駅周辺への囲い込みが大きな理由の様な気がします。

 

この年になると、風情のある路地があって

路地のあちこちに名店がある街はいいな~…と

思ってしまいます。

昨日、「R-1グランプリ」が開催された。

ネット上には「今年は面白かった」

「面白くなかった」、両方の意見があって、

興味深かった。

 

「M-1グランプリ」や「キングオブコント」は

ネタの構成力や演技力に重きを置いた大会。

だからテレビの前の人達も緊張して見ることになる。

 

一方の「R-1グランプリ」は芸人の発想力を競う大会で、

だから何となく気楽に見られる。

 

だけど発想力を競う大会ってことは、

「凄い発想だね」「よく思い付いたね」ってネタを

2本用意しなきゃいけない。

これって結構大変なこと。

 

だって一発屋芸人はいろいろいるけど、

二発屋芸人って言葉は聞いたことがないもんね。

 

それに今、テレビはどんどん予算が少なくなっていて

「ひな段芸人」の需要がほぼなくなってきている。

 

お決まりのレギュラーメンバーが出演する中、

一発屋芸人がそこに加わることで、

笑いの化学反応が起こる…

そんなことはよくあることだけど、

予算がないと、一発屋芸人にまで

かまっていられない…そんな事情もあって

一発屋芸人は、以前より世に出にくくなっている。

 

だから2本良いネタを揃えて「R-1」に出る芸人は

もっと評価されていいし、

「R-1で優勝したからと言って、最近誰も

世に出てないじゃないか」っていうのも

全部の責任が芸人にあるわけじゃない。

 

そんな事情を踏まえて昨日の「R-1」を見てたけど、

個人的には「設定の細かい所を真逆にすると、

もっと面白くなりそうなのに」…

そんなネタがいくつか見つかったし、

審査員の人達が遠回しにそんなニュアンスを

伝えていたのも、感じ取れた大会だったのでした。

WBC日本代表が準々決勝でベネゼエラに敗れて、

ベスト8に終わった。

プロ野球解説者の人から素人の野球ファンまで

様々な人が「侍Japanのここが悪かった」

「ここをこうするべきだった」などなど、

様々な意見を述べている。

 

僕が過去の大会を見て、ず~っと思っていたのは、

後から出てくる投手は

それまで投げていた投手を圧倒的に上回る球種

(例えば大谷翔平投手のスイーパーとか、

千賀滉大投手のフォークボールとか、

佐々木朗希投手のフォーシームとか)

そういうのを持っていないとWBCでは通用しない…

ということ。

 

…なんてことを偉そうに書いているけど、

これだって、おそらく不正解なんだよね。

 

なぜそんなことに自信を持っているかというと、

野球ファンの芸能人がスポーツ番組やワイドショーで、

「ここをこうすれば勝てたはず」とか

「あの選手はここをこうすれば、成績が上がるはず」とか

いろいろな意見を言っているけど、

それはほぼ全部外れてる、的を得ていない…って

複数の元プロ野球選手に聞いたから。

おそろしいよね(笑)。

 

プロ、それも実績を残したプロは

違うことを考えているみたいなのです。

だから素人があ~だ、こ~だ言うのって

結構恥ずかしいことかもしれない…

そんな気がしているからです。

WBCの全試合をネットフリックスが独占放送。

「なんで地上波でやらないんだ」、そんな声が

あちこちから聞こえてくる。

 

やっぱりネットフリックス独占放送ってことが、

WBCの盛り上り具合に微妙に影響を与えているよね。

 

ネットフリックスって絶好調みたいだけど、

ネットフリックスはネットフリックスで

契約者が予想通りに伸びないことに頭を抱えている

…そんな話を関係者の人から聞いたことがある。

 

そんなこともあって今回のWBCは

国民みんなが同時体験をして、歓喜の瞬間に

みんなの感情が1つになった…

みたいな熱量が感じられなくて、

地上波のニュースで試合内容が繰り返し紹介され、

じわじわじわじわ盛り上るっていくっていう、

気持ち悪いタイムラグがあるような気がする。

 

あと地上波では終わったばかりの試合の映像を

ふんだんに使えないから、

これまでの試合の映像が繰り返し使われていて

「んっ?これ、いつの試合だ?」って、

戸惑うこともあるもんね。

 

そんな中で、ラジオのニッポン放送が

WBC中継の救世主みたいになっている。

 

僕が子供の頃は、巨人戦のテレビ中継が終わる頃には

「この後は、ラジオでお楽しみください」

みたいなテロップが出て、多くの人がラジオにスライドして

試合を最後まで追いかけていた。

 

だから、野球中継をラジオで聞くことに

僕は全く違和感はないけど、

今の若い人たちはどうなんだろうね。

 

これをきっかけに、「ラジオで野球を」、

そんな気運が再び盛り上がるといいんだけどね。

 

あとさあ、気になったのが井上尚弥選手のこと。

井上尚弥選手の試合も地上波では久しく放送されてない。

 

もしも全試合地上波で放送されていたら、

今頃とんでもない、大谷選手に匹敵するような

スーパースターになっていたんじゃないか…

そんなことまで想像してしまったのでした。

 

地上波で放送してなくても、

スーパースターはスーパースターなんだけどね。

最近、テレビ東京で、「一流アスリート426人が目撃

昭和・平成。令和 スポーツ伝説の試合ベスト10」

という特番を放送していた。

 

番組では街頭インタビューで

昭和世代の人が「昭和のスポーツの伝説の試合ベスト10」を、

平成世代の人が「平成のベスト10」を、

令和世代の人が「令和のベスト10」を選んでいたけど、

見ているうちに昭和は64年まであって、

平成は31年まであって、今、令和7年であることに気が付いた。

 

人の記憶って、当たり前だけど昔のことは忘れていくし、

最近のことのほうが、印象に残っているよね。

 

だとしたら、あんまり世代を気にせずにアンケートを取っても、

昭和、平成、令和の出来事がバランスよく入る…

今、そんな特別な時期なんじゃないかなあ…と思ったのでした。

 

まあスポーツに限定すると、今だと大谷選手の独り勝ちだろうけど、

でもそれはそれで今の時代を反映してて、面白いもんね。

 

ふと、そんなことに気が付いたのでした。

それだけのことなんだけどね(笑)

テレビやラジオの台本を書くときに苦労するのが、

お笑い芸人を司会やパーソナリティーにした時に、

いかに決められたセリフの数を減らすかってこと。

 

芸人の人は、ずっと自由にしゃべれるのが一番で、

台本に「※受けて一言」とか「※リアクションあって」とかが

並んでいると、台本もそんなに見なくていいし、

自分の力も発揮できると思うから、嬉しいわけです。

 

だけど「M-1グランプリ」の今田さんは、

言わなきゃいけないセリフを、

キチンとしたMCとして沢山喋っている。

それが出来るからこそ、

パートナーが局のアナウンサーじゃなくて上戸彩さん…

みたいなことも可能になるわけです。

 

それにさあ、「Mー1」みたいな番組は、

「いかに緊張感を高めるか」

「いかに番組に集中させるか」で

視聴者のお笑いを見る目が変わり、

それが爆笑にもつながり、視聴率にも関わってくる。

 

今田さんの、格調あるMCをしつつ、

出場した芸人や審査員との絡みでも

様々な目線や関係性で笑いをとれて、

なおかつ後輩芸人の株を上げることもできる。

さらにハプニングにも強い…という

フラットでオールマイティーな司会者ぶりが

実はあの番組の屋台骨を支えている…というわけです。

 

実は芸人さんでああいう司会が出来る人って、

ほとんどいないと思っています。

昨日の「M-1グランプリ」、

特にファイナルは面白かったね。

 

以前にも書いたけど、僕は

漫才ブームっていうのは

「どれだけレベルが高いか」じゃなくて、

「どれだけそれまでの漫才より

レベルが高くなったか」っていう

「どれだけ圧倒的か?」

「どれだけ伸びたか?」ってことだと思ってる。

 

1980年のマンザイブームの時は

ツービートは圧倒的に毒舌だったし、

B&Bは圧倒的に早口だったし、

紳助竜介は圧倒的にキャラが立ってたし、

のりおよしおは圧倒的にナンセンスだったし、

ザ・ぼんちは圧倒的に(凄くいい意味で)

くだらなかったしね。

 

だけど、昨日ファイナルに残った

たくろう、ドンデコルテ、エバースは

「圧倒的に進化してる」「圧倒的に見たことがない」

「圧倒的にオリジナリティーが強い」という

圧倒的なネタ作りをしている3組だった。

 

「こういう圧倒的なネタ作りをしているコンビが

あと3~4組いたら、

令和の漫才ブームが来るんじゃないの?」

そんな期待感を抱いてしまったのでした。

 

コンプライアンスが厳しくなり、

本人のキャラとかに頼ってる部分が少ないネタで

勝負してるから、

前のブーム以上にネタを作ってる方の芸人に

「ずっと進化するネタを作り続けられるんだろうな」っていう

プレッシャーがかかるブームになるんだけどね。

でもそれくらい面白かったです。

中村雅俊さんが監督、主演をつとめた映画

「五十年目の俺たちの旅」が、来年1月9日に公開になる。

 

その番宣も兼ねて、テリーさんのラジオに

ゲストに来ていただくのだけれど、

考えてみたら、中村雅俊さんのファンは幸せだよね。

 

だって、自分のことに置き換えてみたら

僕の青春時代の3大ヒーロー、

ビートたけしさんの漫才をもう見ることはできないし、

吉田拓郎さんのコンサートももう見ることはできないし、

アントニオ猪木さんに至っては、

亡くなられてしまったもんね。

 

でも中村雅俊さんのファンは、

恐らく大好きな作品であったであろう「俺たちの旅」が

映画化し、現在進行形の中村雅俊さん、

現在進行形の「俺たちの旅」を見ることができる。

雅俊さんはコンサートも毎年開催してるしね。

 

これって、気に留めないと普通のことに見えちゃうけど、

実は奇跡みたいなことだと思う。

 

実は僕も2年位前に「中村雅俊のオールナイトニッポン」の

作家をさせてもらって、雅俊さんが物凄くいい人な上に、

スタジオの中で田中健さんと一緒に「ウイスキーの小瓶」を

歌う姿を見させてもらって、すっかりファンになったのでした。

今年も女性芸人のネタNO1を決める「THE W」が

開催された。

ネットでは、「レベルが低い」

「賞金1000万円に見合ってない」

「開催をやめるべき」など、様々な批判が起こっている。

 

でもね。

藤田ニコルさん、みちょぱさん、めるるさん、

ゆきぽよさん、ゆうちゃみさん…などなど

最近のバラエティー番組対応型の女性タレントの方々は、

一気に露出を増やして、す~っとバラエティーから

いなくなっていく…そんなケースがほとんど。

 

バラエティ番組を賑わしてくれる女性タレントは、

慢性的に不足しているのです。

 

それって毎回賞レースで優勝する芸人や

旧ジャニーズのタレントさん達が参入し、

どんどんバラエティー対応型タレントが溜まっていく

男性陣とは、まったく反対の事情。

 

「THE W」は、優勝の副賞に

「日本テレビの20の番組に出演権」みたいなのが

与えられるけど、「THE W」って、

本音では、ここで力を発揮している芸人が

欲しいのだと思っています。

 

業界の人達は、オセロとか、北陽とかの

成功例も見て来たわけで、

密かに年齢との戦いみたいなことも考えているはずだしね。

 

それを「女芸人のネタNO1を決める」みたいな

キャッチフレースをつけるから、

話がこじれてくるわけで

もうちょっと本音の開催意義みたいなのを

明らかにするか、ほのめかすかだけで、

視聴者の見る目も変わって、

あの「やけに批判精神」みたいなのも

薄れていく気がします。