ヨルダンハシミテ王国にて | nishicapiのブログ

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イスラエルとヨルダンを旅したことがあります。

砂漠は星空がとっても綺麗です。

イスラエルとの国境の街アカバでレンタカー借りて、デザートハイウェイを北上してペトラで一泊という強行軍日程でしたが、砂漠の光景も岩場から砂場に移り変わるのですが、その途中の高台で羊飼いがいて自慢の一枚を撮影しました。
カメラはミノルタアルファのオートズーム、高いカメラでしたが、3年後にナポリで盗まれました。

死海はミネラルが高気圧のためにまるで実験室のように濃度が濃く、泳いだだけで帰国後1っカ月以上にわたり肌がすべすべであった。
ちょっと普通の美肌ではなかったため、同僚の女性社員にさわられまくった、まさに噂の真っただ中、きゃぁきゃぁ大騒ぎ。

ヨルダンに入国するには、旅客ビザが必要だったため、東京のヨルダン大使館にパスポートもって行きました。国境検問所でも発行してもらえるのですが、少しだけ入国がスムーズになるので、無駄ではなかったようです。

もう16年も前の思い出です。



ヨルダンの羊飼い
絵ハガキにして書斎に飾っている。


紅海に面したアカバ港にて
この当時、モテキでした。
今は中年太りで見る影もありません。

港の写真ということで、強風吹きすさぶ横須賀港で撮った写真、8年前ぐらいかな?

このブルーのマフラーは、アムステルダムの蚤の市で、下記の特別な手記にあるように、「寒かったから」購入したものです。

シアトルも港町、横須賀からは遥か彼方の太平洋の反対側、2年前に少し仕事兼ねた旅行で。

トロントへの中継で7時間あったので街へ繰り出しました。
水陸両用バス「ダックツアー」に参加したときの写真です。



【特別な手記】

10/23
いよいよ出発。
「つき」を大切に、好機は逃さず、かつ冷静に。
ということで、保険に入った。安いやつ。
きれいに晴れ上がっている。
香水の試供(紙にしみつけたやつ)を免税店でやっていた。
これから長い長いフライト。
楽しもう。

アムステルダム着。
まっすゴッホ美術館へ。
すばらしい。
この3枚が好き。
"Landscape at twilight"
1890
"Undergrowth"
1889
"Wheatfield with a lark"
1887


またまたタクシー観光。運転手さんに運河と風車のある背景で写真を撮ってもらった。葉巻もご馳走に。その分チップははずんだけど。

ついにイスラエルへ向かう。
思った通り満月だ(多分次の日ナザレで眺めた月が実は満月だったと思う)。月に向かって飛んでいるようである。非常に美しい。
やがてテルアビブ ベングリオン空港に到着。日が変わっている。

10/24
イスラエル入国。
ナザレへ行こう。
今夜は月を眺めながら空港で一泊だ。
海岸沿いのためか、じめっとしている。

空港の待ち合い所にて。
名前はエメラさんだったか、綺麗な女性といろいろ話をしながら暇をつぶせた。ヘブライ語の挨拶や、観光地について教わった。幸先よい。

Liraz
十九歳。
18から徴兵。男女とも(男3年、女1.5年)。
土曜日が安息日のため休みのようで、家に帰っていたのが、日曜日に基地に戻るところだそうだ。バスのなかは軍人だらけ。
とてもかわいい娘だ。質問責めで、いろいろきいてしまった。マドンナとかアメリカンポップスを聞くみたい。まわりが友達や同僚たちなので、さすがに彼氏はいるのとは聞けなかった。彼女はいまの自分の生活に満足していると言っていた。兵役が終了したら、大学へ行く予定だとも。
2回も握手したりして、いやらしいよね。
ユダヤの娘に惚れるなっていっても、それは無理だ。

ナザレではクリスチャンホスピスに宿泊。受胎告知教会の隣。
ここは極めて清潔だ。また来たい。
聖家族の像の足許で月を見上げた。

10/26 ぺトラにて
砂漠で星を見た。
このために遠くまできた。
肌寒い風が谷から吹上げ、すべてを癒す。
嫌なことなどなにもない。
この星をあの娘も見ているのだろうか。
ロレンスもこの荒野に眠り、行進したのだろうか。
***
前日は死海で浮いて、マサダのユースホステルに宿泊。
ここも清潔で、夜食のスープが旨かった。
ここでは、ドイツからの旅行者が多く、イタリア人(ジョルジオとはいまでもメール友達)なんかもいて、彼らとビールを飲みながら旅の話やら情報交換やら、仕事の話なんかもして、楽しくすごし、ぐっすり眠り、翌朝、マサダの要塞に登った。
とにかくすばらしい景色だ。マイナス400メートルの濃い空気のなか、汗だくになった。息もあがった。オーストラリアからの女性と写真の撮りっこした。あふれる感動を言葉にして、よろこびを確かめた。よっしゃー!

とにかくヨルダンへやってきた。
途中フランスからやってきたヤンとエイラット行きのバスで出会い、一緒に国境を越えて、レンタカーにてぺトラへ。
こいつは大人だ。26才だというが、会社も二つ目を今度起すらしい。タクシーでは、メーターのスイッチを押すようにドライバーに要求したし、いんちきなアラブのにいちゃんは疑ってかかって、リスクを負うわけにはいかない旨を、ビジネスの場合を引き合いに説いてたし、甘いおいらにとってはものすごく勉強になった。そのくせ闇の砂漠ではガンガン奥まで歩いていったり勇敢だし。俺のことは信頼してくれたようで、光栄である。
ぺトラのレストランはとても良かった。
ここではリッチなフランス人夫妻と一緒になった。
俺に気をつかってか、夫妻もヤンも英語でしゃべってた。
7月に日本に行ったらしい。京都や伊豆。
食後、インターネットカフェなんかに入った。
明日も早い。
翌朝;ヤンはあまり寝られなかったらしい。おれのベッドがギイギイうるさかったんだろうな。

10/27
ぺトラ~ラム~アカバ~エイラット~エルサレム
結局五時間ぺトラで歩き周り、ワッディラムを記念撮影のため立ち寄り、そこでオーストラリア人フィリップと日本人ちよ、英語の通じないアラブ人警察官をアカバまで乗せていった。
警察官は街に入ったところで降ろし、車を返して、4人で飯食って、国境へ。検問ではバスツアーの団体に混じってしまったり、出国税払うのにディナールが必要(もちろん全部使いきりのため両替え)だったり、結構時間がかかった。
でもなんとか5時のエルサレム行最終に乗れた。驚いたのは、国境警備のおねいさんがとっても綺麗、じゃなくて、タクシー呼んでくれたことだ。すごく助かったんだけど、ちょっとびっくり。

10/29
アムステルダム
運河。
間違えて海軍のボートに乗ってしまった。
人がいっぱい並んでたから、思わず。
マイクとピーターが輸送の担当。よくよく考えてみると、(海軍の)制服だね、
めちゃくちゃナイスガイだ。
朝早くでも開いてるコーヒーショップ(バーだけど)がたくさんある繁華街の方角も教えてくれた。船にものれたし、つまりはラッキー。
マイクにも言ったけど、ここがイスラエルではなくて良かった。
間違いなく逮捕だろう。

クレア カフェで一服。バーのデービスに教えてもらって蚤の市へ。寒かったので記念ににマフラーを買った。
それにしても、昨夜の荷物チェックは勘弁だよ。
出国なんだからあそこまでしなくても、と本当に思った。
挙げ句に小銭入れなくしてた。
今朝(アムステルダムで)気付いた。
たいした金額ではないが、やはりがっかりだ。
I had all my bags unpacked for security.
The inspector checked everything I had from underwear to snacks.
I said "no problem" when she told me some compensation words for my whole cooperation, but I really hate that.


最後にひとこと。 
「聖墳墓教会で、感動のあまり涙を浮べている老婦人の姿が印象的であった。俺の心になにものかを訴えかけた。」