僕にとっての日本の田舎.
親切にいつも声をかけてくださったアタイばあちゃんが亡くなられました。
自分のことをアタイ、アタイ、という.
だから、親しみともちろん敬意を含めて、みんなが彼女のことをアタイばあちゃんと呼んでいた。
町長婦人ででもあり,町では名士。
人望も厚く素敵なおばあちゃん。
方言丸出しでこの地域の今の若い者もわからない言葉をそのままに僕にも向ける。
「アタイ、アンナクラシイ」
僕が覚えているアタイばあちゃん言葉の一つ。
餡がない位…不味い)嫌や!って意味だったことが別のご年配の方に後に教えていただきました。
農作業帽を被って曲がった背中で良く自転車を漕いでいる姿が脳裏に焼き付いている。
畑仕事していたからいつ見ても僕と同じくらい真っ黒に日焼けしていた。
(○田弁で真っ黒スッペって言います…(笑))
夏なんか半パンにランニングとセッタで農道をうろちょろしている僕を見つけると、自転車を止めて良く話しかけてくれた。
僕が柿が大好物というと、「昔、よう猿が山から降りてきて干し柿食べてもたんやて」って言っていはりました。
いったん自転車から降りるともういっぺん乗るのは大変なようで、そこからは曲がった背中で自転車を押して帰ってました。
田舎で少し珍しい存在僕にも優しくなんの隔たりもなく接して下さってた。
まだまだいろいろたくさんお話をしたかった。たくさん教えていただきたかった。
いろいろ本当にありがとうございました。
安らかにおねむりください
(心からご冥福を御祈り致します)
追:
「こちらの地域ではまだお葬式は地域住民で担う。
業者屋さんには最小限のことしか頼まない。
食事の支度などはアタイばあちゃんのお家の両隣の家のお勤め。
商品化されていない、関係性の豊かさとしての良き日本の文化を垣間見たような気が致しました。