休日のお昼すぎのことです。
私は、
ふと、
キッチンの前に立っていました。
目の前には、
静かに閉まったままの、
冷蔵庫があります。
せっかくのお休みだから、
何か美味しいものでも作ろうかな。
そんな軽い気持ちで、
扉を開けてみたんです。
そうしたら、
なんだか大変なことになっていました。
奥のほうから、
しなびた人参が顔を出しています。
その隣には、
ちょっと色が変わってきたキャベツの芯。
さらに、
使いかけのピーマンが三兄弟のように転がっていました。
こういうのって、
みなさんはどうしているでしょうか?
そのまま見なかったことにして、
そっと扉を閉めたくなりますよね。
でも、
ここで目を背けてしまうと、
次に開けたときには、
もっと大変なことになっていたりします。
だから、
私は決意しました。
今日は、
この冷蔵庫の残り野菜を、
すっかりきれいに使い切ってみようと。
そう、
『完全燃焼』です。
大げさかもしれませんが、
主婦のプライドにかけて、
野菜室を救出してみせるのです。
では、いったい、
何を作ったらいいのでしょうか?
問題は、
ここからです。
メニューなんて、
最初から決まっていません。
キャベツと、
人参と、
ピーマン。
そして、
冷蔵庫の片隅でひっそりとしていた、
ベーコンの端っこ。
これらを、
うまく組み合わせて、
一つの料理に仕立て上げなければいけないのです。
これは、
料理という名の、
壮大なパズルゲームのようなものです。
そう考えると、
なんだかワクワクしてきませんか?
私だけでしょうか。
とりあえず、
まな板を出して、
包丁を手に取ってみました。
まな板の上で、
野菜たちが、
出番を待っています。
なんだか、
ちょっと誇らしげに見えるのは、
私の気のせいでしょうか。
「よし、任せてください。」
心の中でそうつぶやきながら、
まずは人参から切ることにしました。
トントン、
トントン。
静かなキッチンに、
リズミカルな音が響きます。
こういう時間って、
嫌いじゃないんですよね。
むしろ、
けっこう好きだったりします。
無心になって手を動かしていると、
日頃のモヤモヤした気分も、
すっきりと晴れていくような気がするのです。
人間には、
こういう『無心になる時間』が、
どうしても必要なのかもしれません。
ただ、
ここで問題が発生しました。
切り進めていくうちに、
思った以上に、
野菜の量が増えてしまったのです。
キャベツを刻んだら、
ボールからあふれそうになりました。
人参も、
なんだか想像していたより大きい。
ピーマンに至っては、
なぜか存在感をアピールするように、
青々とした香りを放っています。
あれ?
こんなはずじゃなかったのにな。
作りたかったのは、
上品な野菜炒めだったはずです。
それが、
気づけば、
山盛りの『何か』になりつつありました。
ここで、
引き返すことはできません。
せっかくここまで切ったのだから、
最後までやり遂げるしかないのです。
私は、
大きめのフライパンを取り出しました。
コンロに火をつけ、
油をひきます。
ジューッという、
心地よい音が広がりました。
この音を聞くだけで、
なんだか料理が上手になったような気がしてきます。
そこに、
切った野菜をすべて投入しました。
フライパンが、
一気に賑やかになります。
キャベツがしんなりし、
人参が鮮やかなオレンジ色を帯びてきました。
ここで、
味付けをどうするかという、
重大な決断が迫られます。
普通の塩コショウでは、
なんだか物足りない気がするのです。
冷蔵庫のドアポケットを、
もう一度見渡してみました。
マヨネーズが目に入ります。
その隣には、
なんとなく買ったものの、
一度も使っていなかった、
謎の焼肉のタレ。
さらに、
冷蔵庫の奥底から発掘された、
とろけるチーズの袋。
こういうのって、
使わないとずっと残ってしまうんですよね。
だから、
私は思い切ってみました。
塩コショウだけではなく、
焼肉のタレをベースにしつつ、
仕上げにチーズを乗せてみようと。
名付けて、
『混沌の野菜チーズ焼き』です。
料理名からして、
すでに雲行きが怪しいですが、
気にしてはいけません。
料理は、
勢いと情熱がすべてなのです。
たぶん。
ジュージューと音を立てるフライパンに向かって、
私は惜しみなく焼肉のタレを回し入れました。
香ばしい匂いが、
キッチンいっぱいに広がります。
うん、
この匂いは間違いありません。
きっと美味しいはずです。
そして最後に、
とろけるチーズを、
これでもかと上から振りかけました。
蓋をして、
待つこと三分。
チーズがとろりと溶け出せば、
どんな料理もそれなりに見えるものなのです。
魔法の時間が、
やってきました。
おそるおそる、
フライパンの蓋を開けてみます。
もわっと湯気が立ち上りました。
そこにあったのは、
もはや野菜炒めの面影を残していない、
見事な『チーズの海』でした。
キャベツも人参もピーマンも、
すべてが濃厚なチーズと焼肉のタレの沼に沈んでいます。
これは、
果たして成功なのでしょうか。
それとも、
盛大な失敗なのでしょうか。
ちょっと、
ドキドキしてきます。
お皿に盛り付けてみると、
なんだかすごいボリュームになりました。
一人分の量ではない気がします。
でも、
せっかく作ったのですから、
美味しくいただきましょう。
私は、
お箸を手に取り、
チーズがたっぷり絡まったキャベツを一口食べてみました。
……。
おや?
これは、
予想外の美味しさです。
焼肉のタレの甘辛さと、
チーズのまろやかさが、
シャキシャキの野菜と絶妙に絡み合っています。
見た目はちょっとあれですが、
味は文句なしの合格点です。
「思った以上によかったです。」
私は、
思わず声に出してしまいました。
冷蔵庫の余りものたちが、
奇跡のコラボレーションを果たした瞬間です。
こういう偶然の出会いがあるから、
料理っておもしろいんですよね。
計画通りにいかないからこそ、
新しい発見があったりするのです。
人生も、
これと似ているのかもしれません。
思い描いていたルートとは違っても、
進んでみたら案外楽しい景色が広がっていたりする。
野菜を使い切りたかっただけなのに、
なんだか深い哲学に行き着いてしまいました。
でも、
お腹いっぱい美味しいものが食べられたので、
すべて良しとしましょう。
食べ終わったあとのフライパンを洗いながら、
私はふと思いました。
次の休日は、
どんな冷蔵庫の整理をしようかな、と。
また野菜を余らせてしまうかもしれませんが、
それはそれで、
新しい料理が生まれるチャンスかもしれません。
みなさんは、
冷蔵庫の余りもので、
思わず変な料理を作ってしまった経験はないでしょうか。
こういう失敗も含めて、
毎日の生活って、
なんだか愛おしいものだなと思います。
さて、
お腹もいっぱいになったことだし、
少しお散歩でもしてこようかな。
そんなふうに思える、
穏やかな休日のお昼下がりでした。
お散歩をしようと、
玄関でスニーカーを履いたものの、
ふと、空を見上げてみました。
雲ひとつない、
きれいな青空が広がっています。
こういう日は、
なんだか遠くまで歩きたくなってしまうんですよね。
いつもの散歩コースを外れて、
少しだけ遠くの公園まで足を伸ばしてみることにしました。
せっかくのお休みだから、
時間の許す限り、
のんびり歩いてみるのもいいものです。
歩き始めてすぐに、
金木犀の香りがふわりと鼻をかすめました。
「あ、秋だなあ」
思わず、
声に出てしまいました。
こういう季節の変わり目って、
なんだか少し切ないような、
でもワクワクするような気持ちになりませんか。
五感で季節を感じる瞬間って、
大人になってからの方が、
より尊く感じられる気がします。
子どもの頃は、
ただ通り過ぎていただけの景色も、
今では立ち止まって味わいたくなる。
これも、
年の功というやつなのでしょうか。
いやいや、
単にのんびり屋になっただけかもしれませんね。
トコトコと歩きながら、
道端の雑草に目を向けてみます。
名前も知らない小さな黄色い花が、
アスファルトの隙間からひっそりと顔を出していました。
こういう強い生命力を見かけると、
なんだか勇気をもらえます。
大きなことじゃなくていい。
ただそこにいて、
精一杯生きているだけで、
それだけで素晴らしいんだよなあと、
花に話しかけたくなりました。
もちろん、
声には出しませんけれど。
道行く人を眺めながら歩くのも、
お散歩の密かな楽しみです。
手をつないで歩くお年寄りのご夫婦。
楽しそうに自転車の練習をしている親子。
日向ぼっこをしている、
ちょっと丸々とした猫ちゃん。
みんなそれぞれに、
穏やかな休日を過ごしているようです。
こういう日常の風景を見ているだけで、
胸がじんわりと温かくなります。
特別なイベントがなくても、
どこか遠くへ旅行に行かなくても、
生きているだけで、
十分しあわせなことなのだなぁと、
そんな当たり前のことを思ったりします。
そういえば、
この公園の近くに、
ずっと気になっていた小さなパン屋さんがあったっけ。
せっかくなので、
ちょっと覗いてみることにしました。
住宅街の中にひっそりと佇む、
本当に小さなお店です。
木の扉を開けると、
香ばしい小麦の匂いがふわっと広がってきました。
「いらっしゃいませ」
奥から出てきた店員さんの笑顔が、
とても優しそうで、
それだけでこのお店が好きになってしまいました。
ショーケースの中には、
おいしそうなパンがずらりと並んでいます。
メロンパンに、
クロワッサン、
それから、
具だくさんのフォカッチャ。
さっきお昼ご飯を食べたばかりだというのに、
お腹の虫が、
また別の場所で目を覚ましたようです。
こういうとき、
人間の胃袋って、
どうしてこうも都合よくできているのでしょうか。
「どれにしようかな」
じっくりと悩む時間も、
パン屋さんでの大きなお楽しみです。
結局、
明日の朝食用にと、
くるみとレーズンが入ったハード系のパンをひとつ、
それから、
今すぐ食べる用にと、
小さめのクリームパンをひとつ選んでしまいました。
お会計を済ませて、
紙袋を受け取ります。
まだほんのり温かいパンの重みが、
手に心地よく伝わってきます。
お店を出てすぐのところにあるベンチに、
腰を下ろしてみました。
秋風が、
少しだけ肌寒く感じられます。
でも、
温かい飲み物が欲しくなるこの季節が、
私はけっこう好きだったりします。
我慢できずに、
買ったばかりのクリームパンの袋をそっと開けてみました。
ひとくちかじると、
中からとろりとしたカスタードクリームが顔を出します。
甘さ控えめで、
卵のコクがしっかりと感じられる、
優しい味のクリームです。
「あ、これ、おいしい……」
思わず、
ひとりごとがこぼれてしまいました。
サクサクの生地と、
なめらかなクリームのバランスが絶妙です。
先ほど食べたお昼ご飯の満足感とはまた違った、
小さくて贅沢な幸せが、
口いっぱいに広がっていきます。
美味しいものを食べているときって、
嫌なことや面倒なことも、
ぜんぶどこかへ忘れてしまいますよね。
食の力って、
本当にすごいなと改めて感心してしまいます。
パンを食べて、
少し温かいお茶でも飲みたいなと思いながら、
空を見上げると、
さっきよりも少しだけ夕暮れの色が混ざり始めていました。
オレンジ色の光が、
街の建物の影を長く伸ばしています。
そろそろ、
お家へ帰る時間です。
帰り道を歩きながら、
今夜は何を作ろうかなと考えました。
冷蔵庫の残り野菜はスープにして、
今日買ってきたパンを合わせたら、
それだけで立派な晩ごはんになりそうです。
思いがけない発見から始まった休日が、
こんなにも満たされた時間になるとは思っていませんでした。
大きな予定を立てなくても、
気ままに歩いて、
美味しいものに出会うだけで、
日常はこんなにもきらめくのです。
お家に帰ったら、
まずは淹れたてのコーヒーでも飲もうかな。
そして、
今日一日であった小さな出来事を、
ノートの端っこにでも書き留めておこうと思います。
明日からまた、
バタバタとした日常が始まります。
洗濯物を取り込んで、
掃除をして、
仕事や家事に追われる日々が待っているでしょう。
でも、
きっと大丈夫。
私のカバンの中には、
美味しいパンと、
今日見つけた小さな感動が入っているのだから。
そう思いながら歩く足取りは、
行きよりも少しだけ軽くなっているような気がします。
また次の週末も、
あてもなくふらりとお出かけしてみようかな。
今度はどんな景色に出会えるのか、
今からすでに、
ちょっとだけ楽しみだったりします。