在るべきものは

在るべき姿に


在るべき姿は

在るべき位置に





創生の時


まず生み出されたのは水


転写されたのは『愛』




凪の海のように


愛の意識がたゆたい



次第に波が押し寄せるように



愛が広がる



暗い宙の中



愛はそれだけで完成体であり




在るだけで全てを表していた




が、




創生は『愛』に変化を付けた




『愛』の意識の宙に加えられたのは『光』




『光』が『愛』に接触することでさざなみが起こる



二度、三度、四度。。。。



その度にさざなみが起こり、それは大きく伝播していく




『愛』だけだったものに光が触れ、そこから様々なものが産み出されていく




「喜び」「楽しみ」そして「愛」。。。



それらは次元が下がり、対象物に向かう




『光』があるところには影が生まれる








闇が生まれることにより、複雑な感情が生まれてくる




「悲しみ」「嫉妬」「憎しみ」。。。




元は『愛』の宙から生まれたそれぞれの感情が



大きくもつれ


絡まり


複雑にからみあって


世界を構成している




それも計画のうち



そして


帰還の時が来ている




感情の渦にとらわれていた存在は



元あった『愛』の宙に



創生より生み出された『光』と光から産み出た『闇』は



創生の元に




帰還したくない存在には


多少の猶予はあるであろう



選択の自由


それも計画のうち




ただし




帰還は決まっている




全て計画のうち




在るべきものは


在るべき姿に



在るべき姿は


在るべき位置に




空に描かれた方陣に


それぞれの役目が納まりつつある




それが完成したときが


長い旅の終わりの始まり



人よ


『愛』の宙から生まれし人よ



『愛』に帰る時が来た

光の羽を広げて

飛び立つがいい


躊躇うことはない




目の下に見えるのは

断崖の谷底か?

風吹き抜ける草原か?


心の奥底の恐れが

断崖を呼び


心の平安が

草原を呼ぶ


全ては心が描く風景なのだ



心の恐れは

かつて経験した記憶


自ら一人で手放せないのなら

頼ればいい

手を差し伸べてくれる友を

微笑み見守ってくれる人々を


そして何より自分自身





「恐い?」

「恐いね」

「例え誰も周りにいないと思い込んでいても、

わたしが

あなた自身である、わたしが

あなたの側にいつもいるから。」


「それを憶えてさえいれば

全てが回りだす」





あなたが大事に抱えている、想いやしがらみや脅迫感


全てを捨て去ることは出来なくても

少しだけ力を緩めて


風の中に溶けていく様子を感じてごらん


あなたの中にある光の玉が回りだし


光の翼が広がっていく


どこまでも自由に行ける

自分を感じてごらん


光の翼は

あなた自身なのだから




光とともに~降り注ぐ天上の光~

宇宙は愛で満たされているから





愛を忘れている子供たち



帰っておいで



愛の中に



帰っておいで




この声が聞こえたら



振り向いてごらん



宇宙に満ちた愛を感じるよ




ハートを覆っていたガラス細工の檻が



割れる音が聞こえてくるよ



「パリーンぴかぴか(新しい)



ハートの檻が外れて


ハートに桃色の蓮の花が開いていく




綺麗だねハート達(複数ハート)




あなたたちの



ハートの花だよ



さあ



帰っておいで



愛の中にぴかぴか(新しい)

あれ?



悪や闇、善や光。


それぞれが目の前で展開しているけど、


ズーと引いて宇宙の外の視点にしてみれば、悪も善も全てが同じに見える。




まるで地球や宇宙を舞台にした演劇。




何故悪や善を演じるの?




体験するため



たくさんの体験をするため


帰る時にアトラクションを楽しんで満足して帰るため。


あー楽しかった、てね。




そうなんだ。



外の視点から見るとそうだけど、ここで生きているのも事実だよね。



悪のままでいいか、といったらそうじゃない。



魂は解っているからね。



自分の心に嘘をつくのは良くないよね。




光は帰る時の道しるべ。



光の強い存在は灯台。



心に嘘を重ねて魂に沢山のキズをつけたら、きっと道しるべも灯台も見えなくなるよ。



帰る時にはちゃんと帰りたいじゃない。



道しるべや灯台をしっかり見て帰りたいじゃない。




心に嘘をつかないで



魂の傷を少しでも少なくして帰りたいねキラキラ虹

この世界はね、現実と思えば現実で、幻想と思えば幻想。


肯定するか否定するかで、目の前が形創られるか消えていくか決まる。


他の人が創る現実と自分の創る現実が重なる時に、共有の現実が形つくられるけど。


魂の声ではなく自我に沿った時、創られる現実の向きが変わるんだ。



「あれ?これを目指していたんだっけ?」



てね。



気付いた時に方向転換は可能だけど、



参加するのは自由選択、自己責任だけど、


形創る元を創った立場に立ったら、素直に謝るしかない。



「一緒に創ってくれてありがとう。

ごめんなさい。この方向ではなかったんです。」




責任をとる、とはちょっと違うんだ。



認めること、謝ること、感謝すること。



魂の声に従えば、自然に出てくるんだ。





だから常に自分に問いかける。




「わたしは魂の声に従っている?」




「わたしが創ろうとしている現実は、わたしが創ろうとしているもの?」



「わたし以外の声に盲目的に従っていない?」



現実を創るのは楽しいけれど、




苦しみや辛さ、憤り、マイナス方向の感情が浮かび上がる時、


魂が呼び掛けているのかもね。



「そろそろ魂の声の向きに方向転換の時期だよ。」