吐きそうだ | 永劫回帰

永劫回帰

価値なき存在

 

 

 

 

世の中どこへ行ってもマスクと検温とアルコール消毒の強制要請命令。

 

中世ヨーロッパの暗黒時代なみに頭がおかしいわ。

 

すっかりとアルコールアレルギーになったのか喉と内臓のアルコール消毒はあまりしていない(以前は呑まない日はなかった)。

 

だから宿酔いすることもなくなった。

 

と言うよりもうあまり呑めなくなってしまったのだ。

 

いや以前が呑み過ぎだっただけかも。

 

女ホルあるあるらしいのだが、肝臓への負担もかかっているのだろうか。

 

四十代後半頃まで吐きそうになる、いや吐くまで呑んでいた。

 

一定の限度を超えるとブレーキが効かなくなって倒れるほどに泥酔してしまう。

 

実際には倒れたことも外で酔いつぶれることもなく、ちゃんと歩いて帰るのだが、記憶がある時点から喪失しているのだ。

 

そして翌日目覚めて後悔する羽目になる。

 

頭痛と吐き気に襲われ自分の愚かさを呪いながら、もう二度と呑むまいと誓う。

 

だがその誓いは直ぐに破られるから困ったものだ。

 

人間は酒を呑み出したらもう成長しない、終わりだと思う。

 

いや脳細胞が死滅して退行しているのではないか。

 

そしてオートマタのように決められたことを繰り返す。

 

ある種の薬物依存みたいなものだろう。

 

呑む呑まないをコントロールできているうちは、まだ大丈夫だろう。

 

酔って他人様に迷惑をかけたりするのは問題外で、そういう人間はアルコールと手を切ったほうがいい。

 

同僚によると、わたしは酔っても変わらないらしい。

少し饒舌になり陽気になる。

 

しかし記憶が失くなった時は、何をしているのかよくわからないし、内心穏やかではない。

 

同僚に確認すると、いつもと変わらず楽しそうだったと言われる。

 

まあ忌避されていたわけでもないので、それほどの問題は起こしていなかったのだろうと思うことにしている。

 

だが、この5年ほどは会社の飲み会には基本出席しないことにしている。

 

体調を理由にしているが、実際はちっとも楽しくないからである。

 

若い社員と呑みに行くことはある。

 

求められれば断ることもないが、馬鹿な上司がいない場合に限る。

 

本音でしか話をしたくないので自慢話しかしない連中に用はないのだ。

 

もっとも呑みに行ってもその時は聞き役に徹して彼らの愚痴を聞いているのだが、その考えや意見はわたしの若かった頃よりも実にしっかりとしていて、会社の問題点を的確に指摘している。

 

考えればそういった若者は、いつも辞めてしまう。

 

その先見の明で自らの未来を選択している。

 

そりゃそうだ、泥舟に乗ってはいられないものな。

 

彼らは会社に口を開くことはない。

 

それが無駄だと知っているから、従う振りをしながら機会を窺っている。

 

今頑張っている彼らも数年先には、ここにはいないだろう。

 

何も考えない人間と諦めた人間だけが残る。

 

思慮は罪と知るべし、これって現代の世の中全般に言える風潮だろうか。

 

まあ考えても仕方ないから今日は呑もうか。

 

久しぶりに吐くまで呑んでみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

PS. これを書いたのが、いつかは思い出せないが現状は日々呑みまくっている。

 

なんだか馬鹿馬鹿しいから、通常営業している店へ応援と称して一人で行っている。

 

そして部屋でも毎日ではないが呑んでいる。

 

こんな世の中はおかしいと思うから、何だか我慢がならない。

 

通常営業している店は、わたしの知る日常で溢れている。

 

人間らしい営みが、そこにはある。

 

こういうものまで管理しようと言う連中はキチガイで鬼畜の人非人だ。

 

だが、みんなはそれに従うことを良しとしているらしい。

 

まあ我々の世代が我慢することは良しとしよう。

 

しかし子供たちや若者たちに何かを強いるのは止めろ。

 

それに対してはっきりとダメだ、NOと言えないなら生きている資格はないだろ。

 

人間なんだから。