令和二年から三年にかけて、自分の感覚というものが改めて正しい方向にあるのではないかと確信している。
誰に何と言われようと、それが専門家だろうと有名人だろうと政治家だろうと、疑うことが生きることだと感じている。
結局は何があっても自己責任の世の中となってしまった今、選択肢は自分で考えなければならない。
自分の生き方を他人に任せる訳にはいかない、昨日の価値は今日の無価値って聞いたことがある。
この感覚が正しいか間違いかは分からない、それが分かるのはきっと近い未来。
ただ言えることは自分で選んだ道なら甘んじて受容れるだけ、それだけのことだ。
あなたも少し立ち止まって考えて欲しい、自分が選ぶ道のことを、そして自分で選べない子供たちのことを。
子供たちに未来をつなぐためなら、わたしは命をも差し出してもいいと思う。
そうでなければ、生きてきた意味なんてない。