犯した罪の重さと向き合わせた後に、命乞いをするであろう人間に引導を渡す。
その人間が改心し真人間になろうとも、過去を忘れない人々は多い。
需要と供給の中で、宇佐木の稼業は成り立っている。
宇佐木にとっての殺めの意味は共感するものではなく、契約し与えられた仕事の一片にすぎない。
その日もイジメと言う名の暴行で、我が子を失った家族からの依頼を受けて、宇佐木は数週間にわたり加害者数名と隠蔽に関わった学校関係者、イジメを認めなかった教育委員会と第三者委員会関係者を殺め、最後の一人を屠ったところだった。
妻子がいるであろう、その男は泣いて命乞いをしたが、宇佐木には見逃すという選択肢は存在しなかった。
自殺と断定される死亡原因と捏造した遺書が男の生涯を最後に彩った。
短期間にこれだけの関係者が死亡することは疑惑を招くであろうと予想されたが、依頼人の余命を考えると時間は限られていたのだ。
仕事を終え午後の繁華街を歩く宇佐木は、直ぐに違和感を覚えた。
トレーナー越しの背中に感じる視線、それは自分を尾行する者の集中した気配から齎されるように思えた。
勘違いだろうか?携帯電話を手に時々立ち止まり道を探す風を装い、さり気なく周囲を確認すると二人の男性が察知された。
一目で覚えられるノッポとチビのコンビは最低の尾行者と言える。
何者かを考える必要はない。様子を見て可能な限り排除することが、宇佐木の行動原理だった。
街を流すように監視カメラの死角を縫って、男たちを誘き寄せるのは容易いことだ。
素人ではないが法執行機関の人間とも思えず、尾行の仕方は宇佐木を見縊ったものであった。
二人であれば一人を尾行することは容易いと判断したのだろう。そのことは宇佐木にとって好都合である。
宇佐木は頭に街の地図を想い浮かべ、人通りのない裏露地までの経路を組み立てていた。
そこで様子を見て、場合によっては尋問してもよかった。また他人に気付かれずに排除することも可能だろう。
後方に距離を取りつつ離れない尾行者たちが、見失わないように街をゆっくりと流しながら、凡その計画を頭に描いて模擬的行動を確認していた時だった。
正面の歩道に見知った顔が、こちらに向かって来ていた。
碧色のオーバーサイズニット、黒のレギンスに黒のロングブーツ姿の相手も宇佐木に気付き、困惑した表情を浮かべながらゆっくりと近付いて来る。
そのままお互いに何事もなくすれ違うことも考えられたが、おそらく声をかけてくるだろう。
眼の前に相手が立ち止まった。
「タカヨシ、ひさしぶり」ぎこちない笑みを浮かべたミキだった。
以前より髪が短くなり、ベリーショートと言ってもよいほどの長さになっていた。
幼さの抜けた貌は少し窶れたようにも見える。
「久しぶりだね」宇佐木は少し口角を上げて応えながら計画の詳細を考え直していた。
この光景を尾行者たちも見ているだろう。
それは少しばかり対処するべき事柄が増えたことを意味する。
宇佐木の決断は早かった。
「少し時間はあるかい?」ミキに尋ねると返事を聞かずに彼女の腕を取って歩き出した。
ミキは戸惑いながらも宇佐木に連れられて行く。
10m程先で左に曲がり、二人は雑居ビル間の幅1mもない露地に入った。
露地には饐えたゴミと酔っ払いの小便の臭いが漂い、湿った空気が纏わり付く感触とエアコンの室外機の音だけが響いていた。
露地に入って進み左に曲がると通りに面したビルの裏側、幅1.5mの境界の合間にゴミ箱や物置、あまり使用されていないだろう物が散乱していた。
人影は全く見当たらない。夜に花開く街なのだ。
宇佐木はミキの両肩を掴んで、真っ直ぐにその瞳を見つめて言う「今から僕が言うことをよく聞くんだ」
「どう言うことなの?タカヨシ」困惑するミキには、当然この状況が理解できない。
「いいかい。そこにあるゴミ箱の影に隠れてじっとしているんだ。眼を瞑って耳を塞いで、何があっても出てきては駄目だ」宇佐木はミキの後ろにある業務用の大型のゴミ箱を指差した。
「えっどうして?なんなの?」ミキは混乱していた。
「時間がない。危険なんだ。事情は後で話すから早く隠れるんだ」宇佐木はミキの肩を押すように振り返らせゴミ箱の影に隠れさせる。雰囲気に気圧されるようにミキは宇佐木に従った。
宇佐木が曲がったビルの裏露地の入り口に向き直るとノッポとチビのコンビが露地から曲がって来た。
宇佐木は二人の尾行者へ歩を進めた。1m程の距離で宇佐木とコンビは対峙した。
右側に立つジャングルファティーグに黒いTシャツ、カーゴパンツ姿でタクティカルブーツを履いたノッポは、茶色の長髪で身長190cm前後の色白で痩身、年齢は三十半ば、長い顔に薄い眉に釣り上がった細い眼、小さな鼻と薄い唇がアンバランスだ。
ノーネクタイで白のボタンダウンシャツ、茶色のスーツ姿で合成皮革のシークレットシューズを履いたチビは、155cm程の小太りで陽焼けし浅黒く、髪はカツラのように黒くセットされている。年齢は四十過ぎだろうか、くたびれたような容姿に弛んだ顔つきと三角形の眼が危険な雰囲気を醸し出している。
「何かお探しですか」宇佐木は無表情で二人に話しかけてた。
チビが答えずにスーツのボタンをゆっくりと外した。
チビとノッポは互いに目配せをして宇佐木に向き直った。
「可愛いお嬢さんは、何処へ行ったのかな?」チビの声は人を苛つかせるような甲高さがあった。
「彼女は天国へと旅立ちました」宇佐木は平然と応える。
「ヤロウ!フザケンナヨ!」ノッポの声は滑舌が悪く、濁音が曖昧で外国人のような抑揚がある。その間にチビの右手がスーツの左脇腹に素早く吸い込まれた。
宇佐木はチビの動きとほぼ同時に、右側のノッポを眺めたままノーリアクションでチビの前に瞬時に移動し、チビの右手首を左手で掴むと右手を相手のスーツの左内に入れた。
チビがギョッと驚愕した表情を浮かべると同時に「i nom!!(この野郎!!)」と叫んだノッポが宇佐木に掴みかかろうとした。
チビの左脇腹のスーツ越しに銃が発砲され、弾丸はノッポの胸に五発撃ち込まれた。
銃にはサプレッサーが装着されているらしく、銃声が抑えられていたがビルの壁面を鈍い発砲音が反響し、空薬莢が地面に転がる音がした。
ノッポが倒れるより前に宇佐木はチビから奪ったサプレッサー付き拳銃を男の鼻先に突き付けていた。拳銃は赤星と呼ばれるマカロフだった。残りの弾は三か四発だろう。
被弾の衝撃でビルの壁に背を着けたままズルズルと頽れるノッポに眼もくれず宇佐木はチビに問うた。
「尾行した目的を聞かせてください」宇佐木の息は全く乱れていない。
チビのスーツの左脇に空いた穴から繊維の焦げた臭いがしている。髪と額の間から汗を滴らせるチビは無言だった。
宇佐木はチビから少し後退るとマカロフを両腕が、二等辺三角形になるように構えて額に狙いを着けた。
「お、俺たちは刑事だ」チビが声を絞り出す。
「警察は、こんな銃を持たないし、あなたのような身長の刑事はいない。外国人を刑事にしたりもしない」宇佐木は冷淡に話し続ける。
「正直に答えていただければ、あなたに相棒の処理をお願いして、僕はこのまま立ち去ります」宇佐木のトリガーに掛かった指が僅かに動いた。
「待てっ!待ってくれ!話す、話すから撃つな」チビが声を上げる。
「時間があまりありません」宇佐木は微動だにしない。
「俺たちは雇われたんだ。仲間がいるか見張るように」
「僕の行動をどうやって知ったんですか?」宇佐木は静かに尋ねる。
「見張ってたら偶々見つけただけだ。俺は依頼人の名前も目的も知らないんだ。本当だ!」チビは必死になっている。顔に汗が滴っていた。
「そうですか。わかりました」宇佐木はそう言うとトリガーを引いた。銃声と空薬莢の転がる音が響く。
チビの額にポツンと穴が空き、膝を折るようにして仰向けに倒れた。倒れると同時にカツラが外れて汗の吹き出した禿頭が露わになった。
宇佐木はカツラを拾い、チビの顔に被せ、ノッポのジャングルファティーグの上着のボタンを閉じた。
宇佐木はゴミ箱の影に隠れているミキの前に立った。ミキは両腕を抱き抱えて震えながら泣いていた。
「どうなってるの?タカヨシ、あの人たちは誰なの?」ミキは脚に力が入らない様子で立ち上がれなかった。
宇佐木は手を貸してミキを立ち上がらせると「いいかい、眼を瞑って何も見てはいけない。大丈夫だから」そう言ってミキの肩を抱いたまま、チビとノッポの死体の脇を通り、ビルの裏側から露地へ出た。
「僕の部屋を憶えているかい?」宇佐木の問いにミキは震えながら頷いた。
「じゃあ今からそこへ行って僕が行くのを待っているんだ。この事は誰にも言ってはいけない。わかったかい?」宇佐木の言葉にミキは無言のまま頷いた。震えはまだ止まらない。
「この露地を真っ直ぐに進んで突き当たりを右に曲がると通りに出られる。それから地下鉄の駅へ向かう。駅への入り口の階段でこれを着てフードを被って部屋まで行くんだ」宇佐木はolive drab色のリュクから薄手のグレーのパーカーと部屋の鍵を出すとミキに手渡した。
ミキはパーカーと鍵を受け取ると持っていたトートバッグに入れた。
宇佐木はミキの眼を見詰めると彼女を抱き締めた。ミキの震えが止まった。
「さあ急いで、でも決っして走っては駄目だ。普段通りに歩いて行くんだ。じゃあ後で、必ず行くから」宇佐木の言葉にミキは幾度か振り返りながらその場を後にした。
宇佐木はミキが露地の突き当たりを曲がるのを見届けた後、携帯電話をリュクから取り出して電話をかけた。
「仕事は順調に終わりましたが、移動中にトラブルが発生しました。至急に掃除屋を送って下さい。ゴミは二つです。それから緊急事態の連絡をお願いします」宇佐木は場所を告げ電話を切ると脇の露地に戻り、二人の死体の衣服を探り始める。
頭を垂れ脚を投げ出して座った状態のノッポの上着を探るとジッポライターと煙草のキャメル、小銭とクシャクシャの札数枚が出て来た。
胸の射入口からの血が下半身まで流れている。
別のポケットには10GAの散弾が十発と半島文字で書かれたメモがあった。メモの内容は日付けと時間と場所であり、誰かと会う予定だったと思われた。
カーゴパンツの後ろポケットにはワンハンドオープンの大型ナイフ、サイドポケットには携帯電話、足首にはタクティカルナイフを忍ばせていた。
左脇には二連式のソードオフショットガンを吊っている。こういった武装からノッポは、プロというより殺人狂の類いであったのだろう。しかし身元の判る物は何一つなかった。
チビの額からの出血は少ないが後頭部に射出口がないことから脳がシェイクされているのは確実だろう。
頑丈な頭蓋骨を持つチビに奇蹟は起こらなかった、宇佐木はそんなことを考えながら男の身体検査を続けた。
チビの所持品はマカロフ以外にホルスターに弾倉が二つと二十万円の入った札入れ、腰のベルトにはシースナイフが背中に横向きに着けられていた。
右腰にはケースに入った携帯電話があったが、身分証の類いは一切なかった。
宇佐木はチビとノッポの顔写真を何枚か携帯電話で撮影した。
宇佐木はミキを見逃して助けた自分自身の行動を訝しく思っていた。本当ならばゴミは三つ一緒に始末してしまうべきだったのだ。
そんなことを考えていると掃除屋の小呂知たちがやって来た。
「随分急な仕事だな、優男。通り魔でも始めたのか?」小呂知はゴミ収集人の制服を着て、いつも通り息子二人を引き連れていた。
倒れているノッポとチビをしげしげと眺め「こいつはまた天晴れな凸凹コンビだ。しかし銃を使うとは珍しいな」そう言いながら顎をしゃくって息子たちに指示をする。
「銃は彼等の持ち物です」宇佐木が応えた。
「ほぉ、素手でガンマン二人を殺っちまったのかい。まったく恐ろしいね。嫌いじゃねぇけどよ」小呂知は禿頭をつるりと撫で笑顔になった。
宇佐木はノッポとチビの携帯電話を小呂知に差し出した。
「これを祢津実さんに渡してください。何か分かるかも知れません」
「おう、このケースに入れてくれ。電波から足が付くのも嫌なんでな」小呂知が電波を遮断する黒い小箱をゴミ収集箱から出すと宇佐木は携帯電話を収めた。
「こいつらは雇われた汚れ仕事の専門家だろう」ゴミ収集箱に折り畳まれて入れられたノッポを見ながら小呂知が呟いた。
「じゃあ、あとはよろしくお願いします」宇佐木はそう言うと露地を後にした。
小呂知は手を上げて応えると落ちているチビのカツラを拾い上げ、しばらくしげしげと眺めてから死体の入ったゴミ収集箱に掘り込んだ。
続く