「作業着がないから帰るよ」振り返ってそう応えるタカヨシの顔を見てミキは、この人は一体いつになったらわたしを抱くのだろうかと訝しく思った。
会社員で技術者として働くタカヨシと知り合ったのが初春の頃だったから、かれこれ半年以上は経つだろう。
出張の多い仕事のせいだろうか、二人の関係はじゃれあってキスをする程度にしか進んでいない。
たまに泊まっても彼は床で寝てしまうか、彼女の寝ている間に帰ってしまう。
だから今もまだミキは処女のままだ。
そのことに苛立ちを覚えるミキであったが、タカヨシの繊細そうな振る舞いや言動を感じる度に、自分から積極的に迫ることを躊躇っていた。
自分のことをタカヨシが大切に思っていることは理解していたが、肌を重ね合うことでより深くお互いを知りたいとミキの心は疼き続けているのだった。
これってよく言われている草食系男子ってやつなんだろうか?それとも極めて理性的なんだろうか?性欲がない?鈍感なのか?プライドが高いのか?婚前交渉しない派?いずれにせよ、ミキはタカヨシの温厚さと繊細さの入り混じった聡明なやさしさが好きだった。
そう、大人になって初めて恋と呼べるものをしているのかもしれない。
そんなことを考えていると洗い物を終えたタカヨシがリュクを左肩にかけて「じゃあ」と帰り支度を始め、玄関に向かった。
慌ててミキは駆け寄り、タカヨシの首に両手を回して抱きついた。
「今度いつ会う?」会えるとは敢えて言わず、ミキはタカヨシの眼を覗き込んだ。
「そうだな、ミキのバイトのない土曜か日曜かな」そう応えるとタカヨシは翳りのある眼を伏せた。
距離が近いといつも見せる反応だ。
ミキはそのどこか不安を感じさせる瞳と表情が好きだった。
「シフトが分かったら連絡する」そう言ったミキの唇に、そっとキスをするとタカヨシは部屋を出て行った。
モヤモヤとした気持ちが心に残りミキは、シャワーを浴びて寝ることにした。
明日は朝から授業と午後からアルバイトがあるのだ。
ミキは思った、地上の多くの織姫と彦星たちは、どんな夜を過ごしているのだろう。
七夕の夜が晴れたとしても、都会の空に天の川は見えないだろうけど。
ミキは少し恨めしげに窓から曇った夜空を眺めた。天上の織姫も彦星も今年はお預けだ。
そうだベッドに入る前にティッシュを一枚持って寝よう。
我慢できない夜になりそうだから。
中学生の頃に覚えた自慰は、タカヨシと会った夜のミキの習慣となりつつあった。