薬屋探偵妖綺談
言 葉
言葉。
それは気持ちを伝える手段の一つ。
時に人を喜ばせ、時に人を悲しませる。
それはまるで魔法のようで。
伝えたい言葉ほど伝えられない。
不器用で、もどかしくて、でも愛おしい。
そんな小さな魔法の力。
それは気持ちを伝える手段の一つ。
時に人を喜ばせ、時に人を悲しませる。
それはまるで魔法のようで。
伝えたい言葉ほど伝えられない。
不器用で、もどかしくて、でも愛おしい。
そんな小さな魔法の力。
*
「はぁ~……」
深山木薬店のリビングで、リベザルは盛大に溜息をついた。ソファに座り、足をブラブラと手持ち無沙汰に揺らしている。
秋と喧嘩してしまった。喧嘩の理由は大したことではなかった。しかし一度火が点いてしまうとそれは大きくなる一方で、双方互いに譲れなくなってくる。言うつもりがなくても、思わず口に出してしまう暴言の数々。『売り言葉に買い言葉』とはよく言ったものだ。
「あんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」
今朝の喧嘩を思い出し、後悔する。そしてまた大きく息を吐いた。
「謝りたいなぁ……」
今なら言えるかもしれない。一言、『ごめんなさい』と。
しかし、生憎秋は昼過ぎに外出してしまった。相手がいなければ謝罪どころか話をすることもできない。それがまたリベザルの決断を鈍らせる。
今は言える気でいても、いざ秋の顔を見ると途端に体が硬直してしまうのではないか。口を開けば、また酷いことを言ってしまうのではないか。そんな不安が全身を包み込み、リベザルから言葉を奪い取る。
伝えたいのに伝えられないもどかしさ。嫌になるほど不器用な自分。相手を大切に思うからこそ、こんなにも悩み苦しむのだ。言葉とは何と難しいものなのだろう。自分の気持ちを素直に伝えたい、ただそれだけなのに―――。
「――そうだっ!」
リベザルの顔がパッと輝く。何を閃いたのか、自分の部屋から白い紙と鉛筆を持ち出すと、座木の部屋のドアをノックした。
「リベザルだね。入っておいで」
「お邪魔します。………あの、兄貴」
「ん、何?」
「あの、あの…………」
伝えたい言葉。直接言おうとしても飲み込んでしまう言葉。それを伝える彼なりの方法。
「俺に字を教えて下さいっ!」
リベザルは髪と同じくらい顔を赤くして、紙と鉛筆を持った両手を胸の前に突き出したのだった。
*
「ただいまー」
辺りが緋色に染まり夜の足音が近づき始めた頃、秋が帰ってきた。玄関で靴を脱ぐ彼を座木が出迎える。
「おかえりなさい。もうすぐ夕食ができますので、ソファにでも座って待っていて下さい」
「うん」
キッチンに戻る座木を横目に、秋はソファに腰を下ろした。リビング中を包み込む美味しそうな香りに、食欲がそそられる。
秋は香り煙草を取り出して火を灯すと、フゥッと一息吐き出した。紫煙が螺旋状に上り、天井に届く。
「――ん?」
と、テーブルの上に置いてあった一枚の紙が目に入る。秋は煙草を銜えたまま、裏になっていたそれを捲った。
すると――――
『 ししょーへ。
ごめんなさい 』
ごめんなさい 』
紙いっぱいに大きく書かれた、たった二行の短い文章。へろへろと頼りない上に、バランスの悪い幼稚な文字。
「…………あの馬鹿猿が」
耳の裏を掻いて独りごちると、秋は紙を持ったまま立ち上がった。そして足を向けたのは、この世でただ一人彼を“師匠”と呼ぶ人物の部屋。
「言葉というのは、不思議なものですね」
秋が行ってしまうと、一人残された座木はお玉で鍋を掻き回しながら、人知れず微笑んだのだった。
「…………あの馬鹿猿が」
耳の裏を掻いて独りごちると、秋は紙を持ったまま立ち上がった。そして足を向けたのは、この世でただ一人彼を“師匠”と呼ぶ人物の部屋。
「言葉というのは、不思議なものですね」
秋が行ってしまうと、一人残された座木はお玉で鍋を掻き回しながら、人知れず微笑んだのだった。
† END †