薬屋探偵妖綺談
桜の下で
「花見に行こう」
ある午後の昼下がり。秋は突拍子もなく一つの提案を持ちかけた。
「お花見…ですか?」
隣にいたリベザルが聞き返すと、秋は何故かにっこり笑ってみせた。
「そ。せっかくの穏やかな陽気に、家の中でただじっとしてるだけなんてつまらないだろ?」
「お花見…ですか?」
隣にいたリベザルが聞き返すと、秋は何故かにっこり笑ってみせた。
「そ。せっかくの穏やかな陽気に、家の中でただじっとしてるだけなんてつまらないだろ?」
「つまり、サボりたいんですね」
間髪入れずに切り返したのは、近くで書類の整理をしていた座木。
「さっすがザギ。話がよく分かる」
「まだ了承していませんが?」
「頭固いと嫌われるぞ」
「ご心配には及びません。今のところそういった例はありませんから」
「……可愛くないな。いつの間にこんな捻くれたんだか」
「少なくとも身近な誰かのおかげでこうなったことは確かですね」
「はいはい。さて、じゃあ僕は場所でも取りに行くかな。リベザルも来い。ザギ、お前は弁当を作る係だ」
ビッと指を差して指示する秋に、座木はもはや苦笑を返すしかなかった。
間髪入れずに切り返したのは、近くで書類の整理をしていた座木。
「さっすがザギ。話がよく分かる」
「まだ了承していませんが?」
「頭固いと嫌われるぞ」
「ご心配には及びません。今のところそういった例はありませんから」
「……可愛くないな。いつの間にこんな捻くれたんだか」
「少なくとも身近な誰かのおかげでこうなったことは確かですね」
「はいはい。さて、じゃあ僕は場所でも取りに行くかな。リベザルも来い。ザギ、お前は弁当を作る係だ」
ビッと指を差して指示する秋に、座木はもはや苦笑を返すしかなかった。
*
この季節、駅の裏手にある公園は絶好の花見スポットで、大勢の人で賑わっていた。桜は丁度満開で、枝の先の花びらが空を包み込んでいる。まるで空全体が桜色に染まったかのようだ。
秋はズンズンと歩を進めていく。リベザルは付いていくのに必死で、他人を怖れている暇などなかった。秋に置いていかれたら、それこそ只事ではない。
「よし。ここでいいだろ」
やがて秋が一本の桜の木の下で立ち止まった。幸い先客はいないようだ。二人は持ってきた青いレジャーシートを広げ、無事任務を果たした。
「わぁ、綺麗ですねー」
「これはなかなか。一興だね」
適当な場所に腰を下ろし、二人は頭上の桜を見上げた。リベザルは両手を広げて嬉しそうに、秋は香り煙草を銜えて満足そうに。
幻想的とも言えるその光景は、見る者の心を掴んで離さない、不思議な魔力で満ち溢れていた。無数の花びらが雪のように舞い散り、目の前の世界を覆う。非常に感慨深い。
「ねぇねぇ、そこの君」
「…?」
満開の桜に見入っていると、シートの外で彼らに声をかける者がいた。振り返った先に立っていたのは見知らぬ二人の少年。一人は見事な金髪――最も、見るからに人工的な色だが――で、残る一人は両耳にたくさんのピアスを付けていた。
秋が徐に眉を顰める。
「何?」
「君さぁ、弟君と二人で花見なんてつまらなくない?」
「こっち来て俺たちと一緒に遊ぼうよー」
にやにや笑いながら、非常識にも土足で上がり込んでくる少年二人。リベザルは咄嗟に秋の後ろに隠れた。
「………弟?」
一方、秋は金髪少年の言葉に一瞬虚をつかれたような顔になると、彼の後ろに隠れるリベザルをじっと見つめた。
「な、何ですか師匠。そのあからさまに嫌そうな顔はっ」
「いや、別に」
秋は適当に返してリベザルの抗議を受け流すと、少年たちの方には顔を向けずに黒目だけを動かして、しれっと言い放った。
「誰だか知らないけど、他あたってくんない?もう一人連れが来るんだよね。そこにいられると邪魔」
「つれないなぁ。せっかくの可愛いお顔が台無しだよー?ほら笑って笑って」
「俺たちの酒の相手くらいしてくれてもいいんじゃない?かーのじょっ」
秋の辛辣な言葉には全く聞く耳もたず、二人の少年は尚も食い下がる。しかも、秋を“女”だと勘違いしたまま。
それでも秋は微動だにせず、ぼんやりと桜を眺めている。もはや少年たちのことなど眼中に無し、といったところか。
「おいおい。いくら何でも無視ってのはひでぇんじゃねーの?」
「こっちは紳士に誘ってやってんだぞ?」
「あ、あのっ」
段々と苛立ちの見え始めた少年たち。無視を決め込む秋。一人残されたリベザルは見ていられなくなったのか、肩を縮こませながら恐る恐る少年たちの前に進み出た。
「師匠、お兄さんたちのところに行くつもりないみたいですからっ。そ、それに、俺たち兄貴を待ってるんです。だから………」
リベザルは俯いたまま必死に訴えた。彼にとってみれば、一世一代と言っても過言ではないほど思い切った行動だった。
しかしそれが少年たちに聞き入れてもらえるはずもなく、逆に彼らの神経を逆撫でしてしまう。
「あぁ?何だこのガキ」
「俺たちゃガキに用はねぇんだよ!」
「いたっ!放して下さい…っ」
痺れを切らしたピアスの少年が、リベザルの細腕を乱暴に掴んだ。リベザルの顔が苦痛に歪み、今にも泣き出しそうになる。
すると、今まで黙りを決め込んで座っていた秋がスッと立ち上がった。そしてリベザルを掴む少年の腕を脇から鷲掴みにする。
「さっきも言ったよね?そこにいられるとさぁ―――」
花が綻ぶような笑顔とは裏腹に、少年の腕を掴む力はとてつもなく強い。ピアス少年の目が微かに潤む。隣の金髪少年も驚いたように見ているだけで、何もできないでいる。
秋はそんな二人に気にする様子もなく、静かに言葉を続ける。
満開の桜に見入っていると、シートの外で彼らに声をかける者がいた。振り返った先に立っていたのは見知らぬ二人の少年。一人は見事な金髪――最も、見るからに人工的な色だが――で、残る一人は両耳にたくさんのピアスを付けていた。
秋が徐に眉を顰める。
「何?」
「君さぁ、弟君と二人で花見なんてつまらなくない?」
「こっち来て俺たちと一緒に遊ぼうよー」
にやにや笑いながら、非常識にも土足で上がり込んでくる少年二人。リベザルは咄嗟に秋の後ろに隠れた。
「………弟?」
一方、秋は金髪少年の言葉に一瞬虚をつかれたような顔になると、彼の後ろに隠れるリベザルをじっと見つめた。
「な、何ですか師匠。そのあからさまに嫌そうな顔はっ」
「いや、別に」
秋は適当に返してリベザルの抗議を受け流すと、少年たちの方には顔を向けずに黒目だけを動かして、しれっと言い放った。
「誰だか知らないけど、他あたってくんない?もう一人連れが来るんだよね。そこにいられると邪魔」
「つれないなぁ。せっかくの可愛いお顔が台無しだよー?ほら笑って笑って」
「俺たちの酒の相手くらいしてくれてもいいんじゃない?かーのじょっ」
秋の辛辣な言葉には全く聞く耳もたず、二人の少年は尚も食い下がる。しかも、秋を“女”だと勘違いしたまま。
それでも秋は微動だにせず、ぼんやりと桜を眺めている。もはや少年たちのことなど眼中に無し、といったところか。
「おいおい。いくら何でも無視ってのはひでぇんじゃねーの?」
「こっちは紳士に誘ってやってんだぞ?」
「あ、あのっ」
段々と苛立ちの見え始めた少年たち。無視を決め込む秋。一人残されたリベザルは見ていられなくなったのか、肩を縮こませながら恐る恐る少年たちの前に進み出た。
「師匠、お兄さんたちのところに行くつもりないみたいですからっ。そ、それに、俺たち兄貴を待ってるんです。だから………」
リベザルは俯いたまま必死に訴えた。彼にとってみれば、一世一代と言っても過言ではないほど思い切った行動だった。
しかしそれが少年たちに聞き入れてもらえるはずもなく、逆に彼らの神経を逆撫でしてしまう。
「あぁ?何だこのガキ」
「俺たちゃガキに用はねぇんだよ!」
「いたっ!放して下さい…っ」
痺れを切らしたピアスの少年が、リベザルの細腕を乱暴に掴んだ。リベザルの顔が苦痛に歪み、今にも泣き出しそうになる。
すると、今まで黙りを決め込んで座っていた秋がスッと立ち上がった。そしてリベザルを掴む少年の腕を脇から鷲掴みにする。
「さっきも言ったよね?そこにいられるとさぁ―――」
花が綻ぶような笑顔とは裏腹に、少年の腕を掴む力はとてつもなく強い。ピアス少年の目が微かに潤む。隣の金髪少年も驚いたように見ているだけで、何もできないでいる。
秋はそんな二人に気にする様子もなく、静かに言葉を続ける。
「―――邪魔なんだよ。このガキが」
笑みを潜め、冷え切った目で睨みつける。よく通る故に恐ろしさを増す、冷涼な声と共に。少年たちが息を飲んだのがわかる。その顔には怯えた表情だけが張りついている。
ピアス少年の手から解放されたリベザルは、彼らの様子に自分までもが凍りついたようで、動くこともできずにその場で立ち尽くしていた。
「それじゃーね。バイバイ、お兄さんたち」
パッと手を放し、そのまま可愛らしく手を振る秋。二人の少年はそれに目もくれず、我先にと逃げていったのだった。
ピアス少年の手から解放されたリベザルは、彼らの様子に自分までもが凍りついたようで、動くこともできずにその場で立ち尽くしていた。
「それじゃーね。バイバイ、お兄さんたち」
パッと手を放し、そのまま可愛らしく手を振る秋。二人の少年はそれに目もくれず、我先にと逃げていったのだった。
*
「秋、お茶はいかがですか?」
「ん」
自分の紙コップを突き出して座木に緑茶を入れてもらいながら、秋はもう片方の手で団子を掴み取った。
先程のある意味不憫な少年二人が退散してから十分後、弁当を提げた座木がやって来た。一目散に近寄ってきて飛びつくリベザルと、僅かに無表情の秋。座木は何かあったらしいと悟ったが、敢えて何も聞かずに自分も腰を下ろしたのだった。
「桜って咲いてる時も綺麗だけど、散る時も綺麗なんですね、兄貴」
散りゆく花びらの一枚を手にすると、リベザルは嬉しそうにそれを座木に見せた。座木は微笑ましそうに眺めて、
「そうだね。日本人は昔から桜を好んでいたと聞くけど、それも分かる気がするよ」
「こういうのを『風流』って言うんですよね!」
「よく知ってるね、リベザル」
座木が優しく頭を撫でてやると、リベザルはえへへ、と照れくさそうに頬を赤らめた。
「こんなに見事だと、さぞかし立派なのが埋まってるんだろうな」
――と、幸せ気分のリベザルの耳に秋の淡々とした声が響いた。
「埋まってるって………何がですか?」
彼の科白の意味がわからずに首を傾げる。同時に座木が少しばかり顔を顰めたのだが、それに気付くことはなかった。
秋は真剣に問いかけるリベザルに、にやりと悪戯っぽく微笑んだ。
「―――死体」
「えっ?」
しばしの沈黙。
今、秋は何と言ったのか。―――――死体?
「そ、そんな……した、死体なんて、あぁ、あ、ある訳……」
挙動不審になるリベザルに、秋はいかにも驚いたような顔になる。
「あれ?リベザルは知らないのか?『綺麗な桜の木の下には、死体が埋まっている』って話」
しばしの沈黙。
今、秋は何と言ったのか。―――――死体?
「そ、そんな……した、死体なんて、あぁ、あ、ある訳……」
挙動不審になるリベザルに、秋はいかにも驚いたような顔になる。
「あれ?リベザルは知らないのか?『綺麗な桜の木の下には、死体が埋まっている』って話」
「そんなのある訳ないじゃないですか!どーせ師匠の作り話でしょっ」
懸命に強がってみるが、秋はあっさりとリベザルの意見を否定した。
「ご希望なら僕がこの話の作成者になっても良いけど。でもお生憎様。これは昔から実際に言われている話さ。紫陽花の例もあるくらい有名な、ね」
「う、う、嘘……嘘ですよね!?兄貴っ!」
座木に救いの手を求めるが、彼は苦笑を返すだけで、秋の話を否定しようとはしてくれない。いよいよリベザルの顔が青ざめ始める。
「まさか………本当に?」
秋はくすっと一笑すると途端に表情を消して、顎を引き上目遣いになり、低く唸るような声で言葉を紡いだ。
「どうして桜の花はこんなに綺麗に色付くんだと思う?………それは………地面に埋まる死体の血を……余すことなく吸っているから………」
「うわっ、わわ、うわあぁ―――っ!!!」
「秋っ、やりすぎです」
「お前だって黙って聞いてただろうが」
「それはそうですが……。リベザルは本気で怯えてしまっています」
遂に泣き出してしまったリベザルを宥めてやる座木。それを見て、秋が呆れ返ったように息を吐き出す。
「まったく。妖怪がこんなことで怖がってどうする。ただの寓話だろ」
「……ひっく、…しっ、ししょ…師匠だって………お化け嫌いなくせに――っ!!」
嗚咽の合間から精一杯対抗してみる。すると秋は不気味なくらい晴れやかな笑顔を貼り付けて、リベザルの両頬を左右に容赦なく抓った。
「おかしなことを言うのはこの口か?んー?」
「ひひょおのわかっ!ひろえあひっ!」
『師匠の馬鹿っ!人でなしっ!』と暴言を吐くリベザルと、攻撃の手を緩めない秋。座木はしばらく彼らのじゃれ合いを傍観していたが、やはり見かねたのか、秋の手を掴んで二人の間に割って入った。
「秋。気分を害してらっしゃるのは分かりますが、リベザルに当たるのは止めて下さい。大人げないですよ」
「………」
座木の言葉に秋は面白くなさそうな顔になると、大人しくリベザルの頬から手を放した。まだ両頬がヒリヒリと痛む。リベザルは恨めしそうに秋を睨んだ。
視線の先の彼は、胡座をかいた膝の上に肘を立て、その手の甲に頭を預けている。まるで拗ねた子供のように。
座木は、秋が気分を害していると言った。つまり機嫌が悪い、と。――もしかしなくとも、先程のナンパが原因だろうか。
見知らぬ少年たちに女に間違われた挙げ句、『可愛い』とまで言われてしまった秋。リベザルは何だか途端に可笑しくなって、小さく笑みを零した。
普段は見失いそうになるほど遠い存在の彼。しかし今はとても身近に感じる。手を伸ばせば届く位置に彼がいる。いつか追い付きたいその背中が、すぐそこにある。
「師匠っ」
「…何だ?」
後ろから秋の左肩に両手を重ね、彼の顔を覗き込むリベザルに、秋は無愛想に答えた。
懸命に強がってみるが、秋はあっさりとリベザルの意見を否定した。
「ご希望なら僕がこの話の作成者になっても良いけど。でもお生憎様。これは昔から実際に言われている話さ。紫陽花の例もあるくらい有名な、ね」
「う、う、嘘……嘘ですよね!?兄貴っ!」
座木に救いの手を求めるが、彼は苦笑を返すだけで、秋の話を否定しようとはしてくれない。いよいよリベザルの顔が青ざめ始める。
「まさか………本当に?」
秋はくすっと一笑すると途端に表情を消して、顎を引き上目遣いになり、低く唸るような声で言葉を紡いだ。
「どうして桜の花はこんなに綺麗に色付くんだと思う?………それは………地面に埋まる死体の血を……余すことなく吸っているから………」
「うわっ、わわ、うわあぁ―――っ!!!」
「秋っ、やりすぎです」
「お前だって黙って聞いてただろうが」
「それはそうですが……。リベザルは本気で怯えてしまっています」
遂に泣き出してしまったリベザルを宥めてやる座木。それを見て、秋が呆れ返ったように息を吐き出す。
「まったく。妖怪がこんなことで怖がってどうする。ただの寓話だろ」
「……ひっく、…しっ、ししょ…師匠だって………お化け嫌いなくせに――っ!!」
嗚咽の合間から精一杯対抗してみる。すると秋は不気味なくらい晴れやかな笑顔を貼り付けて、リベザルの両頬を左右に容赦なく抓った。
「おかしなことを言うのはこの口か?んー?」
「ひひょおのわかっ!ひろえあひっ!」
『師匠の馬鹿っ!人でなしっ!』と暴言を吐くリベザルと、攻撃の手を緩めない秋。座木はしばらく彼らのじゃれ合いを傍観していたが、やはり見かねたのか、秋の手を掴んで二人の間に割って入った。
「秋。気分を害してらっしゃるのは分かりますが、リベザルに当たるのは止めて下さい。大人げないですよ」
「………」
座木の言葉に秋は面白くなさそうな顔になると、大人しくリベザルの頬から手を放した。まだ両頬がヒリヒリと痛む。リベザルは恨めしそうに秋を睨んだ。
視線の先の彼は、胡座をかいた膝の上に肘を立て、その手の甲に頭を預けている。まるで拗ねた子供のように。
座木は、秋が気分を害していると言った。つまり機嫌が悪い、と。――もしかしなくとも、先程のナンパが原因だろうか。
見知らぬ少年たちに女に間違われた挙げ句、『可愛い』とまで言われてしまった秋。リベザルは何だか途端に可笑しくなって、小さく笑みを零した。
普段は見失いそうになるほど遠い存在の彼。しかし今はとても身近に感じる。手を伸ばせば届く位置に彼がいる。いつか追い付きたいその背中が、すぐそこにある。
「師匠っ」
「…何だ?」
後ろから秋の左肩に両手を重ね、彼の顔を覗き込むリベザルに、秋は無愛想に答えた。
「さっきは助けてくれて、ありがとうございます!」
返ってきたのは、頭上の桜に負けないくらい眩しい、満開の笑顔。
† END †