サバンナとバレエと -4ページ目

サバンナとバレエと

ブラジルからの便り

アマゾニアのインデェオ達は
ジャングルの中にハンモックをつって寝る。

あれだけは馴染めなかった。
私は何時もテントを張った。


考えてみたら
テントなんか
ジャングルの中では安全とは言えない。
クモやサソリヤ蛇から守られるかもしれないが。。
でも
何故か
テントの中では安心して眠れる。。

テントも『家』のコンセプトに入るだろう。
ごく小さな家。。。。

家とは
外と中を区別する境界が存在し
その境界によって安心できる中側があることかもしれない。。。。



若い頃は随分無鉄砲で
色々怖い体験もしたが
今でも思いだすたびに肌が泡立つような体験がある。
オカルト的なことは何もなく
ただ独ぼっちで過ごすテントの中で
自分の想像に怯えただけだったが。。。

無鉄砲なトレッキングでジャングルに迷い
ようやく山道を見つけた時
ある少年が行方不明と聞いた。
私達のグループは目的地に着くのは不可能だと判断し
帰り道の途中、キャンプした夜の話だ。。。。



。。。。。。。。。。


帰りは一日でも出来たが、荷物が多かった私達はゆっくり二日かけて帰ることにした。

その日、森林警備隊のパトロールは続き、あの少年がまだ見付かっていないのは明らかだった。

ゆっくり景色を楽しんでいくつもりだったが、心が落ち込んでしまい黙々と歩いた。



その夜、ある滝の近くでテントをはった。


また降り始めた雨と強い風で火をおこす事も出来ず、

冷たい夕食をとったあと、冷えたままの体で寝袋に入った。



まったく不気味な夜だった。



月はなく、真っ暗闇だった。

ジャングルは強い風で吹き荒れ、得体も知れない音で満ちていた。

テントの中、一人ぼっちで闇を見続けた。



巨大なジャングルの中に、ひとりぼっちでいるような錯覚をおこした。


私が恐怖を覚えるシチュエーションのひとつだ。

なにか無限的に大きいものを意識するとき。


たとえば海、泳いでる自分の下にいったいどれだけの海水があるのか。

たとえば滝、膨大な水が落ちるのを見た時。

何ともいえない恐怖を感じる。





遠くでねこ科の動物の鳴き声がした。まるで人間が叫びのような。


突然行方不明の少年について考えた。


もうすでに三日目。。。

この寒さの中でどう過ごしているのだろう。。。


いま何処にいるのだろ、


どんなに恐ろしい思いをしているのだろう


心細く泣いているだろうか


怪我をしているのだろうか


死んでいるかもしれない。


ふとそんな考えが横切った。



死んでいるかもしれない。


彼の魂はジャングルの上を飛んでいるのだろうか。

泣き叫びながら。






もしかしてすぐそこで
このテントの見つめて
いるかもしれない。
しゃがみ込んで。。。



そう考えてしまった瞬間

私の枕元のすぐ近くにしゃがみ込む少年の霊を感じるような気がした

薄いテントの生地の向こうに。。。



ぞっとした。




長い夜だった。寝付くまでどの位たったのだろう。

恐怖をむりやり追い出し考えた。



ありがたい。


私はこう無事でテントのなかにいる。。。

寒い夜に寝袋の中に居る。

迷ってしまったけれど、なんとか無事に家に帰れる。



そして

無神主義な私が手を組み本気で祈っていた。


神様、誓います。

神様、もうこの様な無鉄砲な行動をするのは誓ってやめます。

もう、けっして自然をみくびることはしません。

ただ今夜は私を守って下さい。。。



テントの中に入り込む柔らかな朝日で目を覚ました。。。

滝の音。。。

硬く凝った身体を少しづつ解しながら寝袋からでて

テントのジッパーを開ける。

雨に濡れたジャングルの匂いと

騒がしい小鳥の泣き声。

グループの連中はすでに起きていて

コーヒーをいれている。

ああ、生きている。

そう感じてたら笑いがこみ上げてきた。

有り難う。神様。

昨夜の誓いけっして忘れません。





あの誓いは今でも守っている。



考えてみたら

あのかよわいテントの布を境界と信じて

安らかに寝る事が出来るということは全くの矛盾だ。

しかし

果たして

『家』とはどれだけ安全なのだろう。

ブラジル的な感覚では

実に日本やアメリカの住宅は安全性に掛けていると思う。

鉄の窓格子がない家なんかは私にとって
安心して眠ることは出来ないと思う。

しかし、それもただの信仰だと思う。

この人生、安全なものはただ一つないのだ。
人生、実に全てが危険で一杯で
絶対的に安全だと信じ込む事は
まったく根拠のない想像だ。。。

何故ならば
生きる事自体とてつもないリスクを伴い
私たち皆、一秒一秒手探りで生きているから。。。
安全だ、心地よいと感じるのは
妄想に過ぎない。。。


ただ
戦い続けるには
安らぎが大切だから
私たちは『家』を造り上げ
壁を想像する。。。





 

そしてあの冒険は無事に終わった。


行方不明だった少年は次の日、無事に見付かったそうだ。




実は
最近Kindleを購入したんです。
残念ながら日本の本は著者権の関係で購入出来ないのですが。。。

アマチュア的に小説を書いて
売りにだしている人も沢山あることをみつけだして。。。
それに挑戦する事にきめました。。。

小説に対して
いままで実に沢山の試みがありますが
最近気に入っているのは
このテーマ。
大きな家,小さな家。
物理的な家だけではなく
心理的な『家』も。。。






。。。。。。。。。。。。。。。。。

私が子供達を育てた家は
ごくチッコイ家だった。
あまりにも小さく
プライバシーもまったく無理だった家。。。

今でも
目をつぶると
あの頃のキッチンを思い出す。。。
長女が大学入試に備えて勉強していた頃を。。
キッチンテーブルでもくもくと勉強する長女。。。
同じテーブルでパンを捏ねる私。。。



長女は高校まで、州立の学校へ通った。

ブラジルでは競争率の高い国立や州立大学に入るために、教育レベルが高い私立学校に通う。

つまり国立、あるいは州立大学には、私立学校で教育を受けた裕福な生徒のみ入学できるという矛盾な制度になっている。

私達夫婦は国立大学だったので、娘たちもぜひ国立へと思っていたのだが、

なにしろ貧乏学生活が続き (ふたりの修士号、博士号、全部で十年以上続いてしまった)

とうとう高校まで私立学校は通わすことが出来なかった。


絵の好きな長女は美術を専攻と決めていたので

まあ競争率もあまり高くないコースだし大丈夫だろうと高を括っていた。

専攻を映画に変えたのは高校三年生のときだった、


大変なことになったと思った。

映画ブームに影響されて人気があるコースだった。

しかも第一志望がサンパウロ大学、

サンパウロ大学のコミュニケーション学部というと競争率が50倍近く、

医大の続いての競争率だった。


とにかく一年間予備校に通い、やってみようよ。

そう決まったのだが、

あの年はまったく大変な一年になった。


長女はがむしゃらに

毎日8時間の勉強を始めた。

しかし、基礎がなっていなかった。

私に似た頑固な性格だ。

おまけに短気で感情が激しい。



毎日のように

‘解らない。

とヒステリーを起こし、怒り狂い、泣きじゃくり、絶望した。


私は毎日のように

機嫌をとり、宥め、励まし、テキストを読み、一緒に考えた。

職業柄、生物学や科学は割合と理解ができたが、数学、物理、歴史 また勉強し直した。

30年ぶりに見るものばかりだった。


あの頃、私は失業中で、家で専門主婦としてやっていた。

主人はいくつかの私立大学で教えるのに、毎日のように車であちこちの町を走り回り

私は出来るだけの節約にやりくりの毎日だった。


パンまで家で焼いた。

いつもキッチンにいる私の傍で長女がいた。

「解らない」と涙ぐむ度に

小麦粉だらけの手でテキストを汚し、

エプロンで手を拭き鉛筆をにぎり、物理や数学に挑んだ。


キッチンテーブルで勉強する長女の姿が目に浮かぶ。

寒い冬の午後、

長女は穴を開けた毛布をポンチョのように頭からかぶり、

もくもく勉強している。

毛布はガールスカウトの活動でキャンプのとき使うもので、

暖かいからと冬中被っていた

それと怪獣の足の形の部屋靴(怪獣スリッパ)。

「ママェ、これが私の勉強のユニホームなんだ」 と言っていた。

いくらヒステリーを起こしても怒る顔はまだ幼く、

いったいこの子は一人で都会暮らしが出来るのだろうかと心配した。

 

私のあの頃の暮らしは、第一に母であること、主婦であること

そしてインターネットを使った求職活動だった。

そして、あの年の五月のある日、ひとつのメールをもらった。

アマゾンで研究をする博士を募集しているという内容だった。

北部では足りない研究者を南部から連れ出そうという政府のプロジェクトで、

選ばれた博士は三年間の就学金、および2万ドルの研究資金が政府から出るとのこと。

これだと思った。就学金はたいした額ではなかったが、もし夫婦で選ばれたら何とかなる。

私は必死でプロジェクトを書き、書類を集め候補の準備をした。




今でも、あの頃を思い出すと胸が一杯になる。
あれからアマゾニアへ渡り長い月日が過ぎた。。
あのチッコイ家は今まで住んだ数々の家の中で
もっとも愛おしい思い出のある家だ。。。


15年間住んだ家。。。
もっと、もっと語らなくてはならないだろう。。。

どうゆうわけか
私は現在どでかい家に住んでいる。
キッチン、居間の他5部屋。。
私の寝室は小さなキチネット位のスペースだ。
ベランダとハイドロマッサージの風呂。
まったく一日中部屋を出なくても何も不自由しない環境。
ベッドの横には好きなだけ踊れるスペースもある。
まったく恵まれた環境だけど
貸家なので
自分の家を持つことになったら
決してこんな家を選ばないと思う。
掃除が大変。
家族が集まらない。。
テレビが4つ。。。

テレビが一つだった頃が懐かしいと思う。


体験では貴重なものだと思う。
大きく過ぎる家。。。