2010年7月20日のもの。。。
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C. は私のコンテンポラリーバレエの先生だった。
ある日レッスンの後 C.が言った
‘暗黒舞踏をやって見ないか、ソロで。
と。
暗黒舞踏なんて私にとってまったく恐れ多いのだが
ブラジルでは割合と自由な感覚で舞踏となずけて作品を出してるコレオグラファーが数人いる。 C. は昔そのような作品で賞を取っていた。
やってみようという気になった。
C. は振り付けより
テーマになる感情のほうが大切だといった。
私達は実に沢山のアイデアについて何ヶ月間も話し合った。
C.は何かギリシャ伝説に関したものに関心をもっていた。
私はブラジルの作家AUGUSTO DOS ANJOS (1884-1914)がいいと思った。
象徽的表現が多く特に幽霊や深夜についての描写をやってみたいと思った。
C.は話好きでレッスンの後、よく一緒にコーヒーを飲みにいった。
実に広い知識を持っていている人だった。
でも
どんな話題でもけっきょく踊りにいく。。。
踊りが一番大切だったあの頃。。。
実に沢山話し合う友だった。
だけと彼のことについてはほとんど何も知らなかった。
子供の頃、事故で家族全員失い、孤児として育ったとは小耳に挟んでいたが
あえてその事について訊いた事はなかった。
テーマはなかなか決まらなかった。
これだと魅惑するものがなく二人とも堂々巡りだった。
ある日二人で教室の床に座って曲を選んでいた。
C.がふっとこんな事を言った。
‘俺、最後にお袋見た時覚えているんだ。
‘え?
‘牛車に乗って遠ざかるお袋を見てるんだ。
彼女ずうっと手を振っているんだ。
遠く離れて小さくなって、でもまだ手を振っていたよ。
‘その日が最後だったの?
‘たぶん、俺、小さかったからな、よく分からないけれど。
その後
あれは私の頭を離れなかった。
私はすでに二人の子の母だった。
ずうっとC.のお母さんのことを思い続けた。
もし私が小さな子を残して死ぬことになったら、
どんな気持ちになるんだろうと。
死ぬ瞬間、もう駄目だ、
死ぬんだと分かった瞬間、
自分の人生を全て思い出すと聞いたことがある。
あの一瞬。その一瞬を思った。
どんな気持ちで自分の子を思うのか。。。
そこには信じられないほどの悲しみがあった。
次の稽古の時、そんな思いで踊った。
C. が言った。
‘見付けたね。これだと思う。
‘うん
‘いったい何なんだ?
‘うん、ちょっと。
‘言えないような事?
‘うん。
‘まあ。いいや。それ把握して、忘れないで。
黙っていた。C.には言えなかった。だけど彼は分かっていたかも知れない。
‘ねえ。舞台にさ、いろんな靴を置きたいんだ。人生のいろんな過程を思い出させるような古い靴、小さいのから始まってさ。
こんな事を言っていた。
出来た作品は‘三日月 と名づけられ 私はCが監督するコンパニーの公演のときゲストとして踊った。難しい作品だったけどうまくいった。
公演が始まる直前、彼が書いた作品紹介を読んでいたら、コレオグラファーが私の名前になっているのを見て驚いた。彼の名前は協力者をして出ていた。びっくりして彼の顔を見たらにやっと笑ってウインクをよこしてきた。
あの舞台の画像。
