妬み、憤慨はグットタイミング | サバンナとバレエと

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ブラジルからの便り

なんか知れないけれど
ある人間に
とにかく腹がたつ。

あるいは
日々の出来事で
腹がたって
それが忘れられない。。。

嫌な感覚ですよね。
嫌なことなのに忘れられない。。。
許せない。。。。


そんな感覚良く知っています。
逃れられたのはごく最近。。。
とても楽になりました。


たとえば
昨日の出来事
スーパーのレジ
私は大分重いかごを持っていて
後ろにはまだ列があったのですが
前の人はレジの会計中、なにもしないでつったっているんですね

何故自分で買い物をビニール袋に入れないのかなーって腹がたつ。
会計が終わってレジの女の子がビニール袋に入れるのに
何もしないで待っている。。。

なんか皮肉言ってやろうかなーって思いました。
むしろ言ってやったようが社会的にも良いんじゃないかと。。

ちょっと考えて止めました。
何故かというと
言うためのエネルジーの消耗と
言わなくても後でなにも気にしないで居られる可能性を計ってみたら
何も言わないで
自分の番には後ろの人を気遣って素早く済ませたら
それで十分じゃないかと。。。。

自分で決めたことでしたから
その後、あのスーパーに憤慨を捨てました。
この様に語っていても
怒りはまったく感じません。



怒ることがあっても
それを後まで引きずるのは止めました。

一番良く無いことは
何もしないで憤慨し続けること。
健康的に良く無いのです。


しかしこの様になったのはごく最近です。
実に長い間
憤慨や妬み、嫉妬など厄介な感情に悩みました。


。。。。。。。。。。。。。

憤慨について
学んだことは。。。

第一
自分が憤慨し続けていることを認める。
それは自分自身の問題。
どんな原因があっても
周りを変えることはおよそ不可能で
自分を理解するのが幸せになる近道。

第二
何故、憤慨するのか。。。
実際にそれだけ重要なのか
実際にどれだけの影響を受けたか
理解する。

もし
それでもないのに
憤慨し続けるのなら
大体、原因は他の感情なのです。

たとえば
妬み。
あの人はなんか気に障ると感じたら
大体、妬みです。

自分のないものを妬む。
自由さとか
生活基準とか
若さとか、無邪気さとか。。。

怒りが忘れないのは
大体、昔の体験を思い出していると思います。
昔の体験を現在に当てはめるような。。。

私は
この様な感情を体験することは
グットタイミングだと思います。
自分を見付けだすグットタイミング。
外へ外へより
中へ中へ。。。

たとえば『妬み』
もの凄く嫌いな感情で
自分自身にも否定していました。

最近、
妬みを感じる事を実感し
それは自分の欲望を理解するために
ごく便利な道具だと発見しました。



グットタイミングだと待ち受けているからかなー
この頃、凄く減ってしまいました。。。。