マンチケイラ山脈にある町
ヴィスコンデ デ マウア (マウア)。。。
山道を1400メートルまで登ると
頂上から小さな谷の中に町が見える。

昔フィンランドからの移住者達が
暑さから逃げるために住み始め
70年代には
ナチュラルライフを愛する若者たちが住み着き
ちょっとした観光地になった。
マウアは
フィンランド文化の影響か
小人や妖精が見られると語り継がれ
ちょっとしたミステリアスなスポットとしても有名だった。

80年代リオで暮らしていた私は
マウアが大のお気に入りで
連休の度、テントとリュックを担いで
訪れていた。
アトランチカ森林に囲まれて
数々の滝や
美しい山道をトレッキング。。。
町は何時も薪を燃やす匂いや
雨に濡れるヒノキの香りがし
素朴なレストランでは
地元でとれた材料でオーガニック的な料理。
お土産店には
小人や妖精についてのアートで一杯だった。
しんしんと寒い夜は
質素な飲み屋で
ピンガを飲みながら寒さをしのぎ。
地元の若者達が奏でる音楽を楽しみ
いろいろ、ミステリアスな話を聴いた。
キャンプは大体、サンチーニャおばさんの庭。
サンチーニャさんは川沿いの
質素だけど大きな庭のある家に住んでいて
ごく安い値段で庭を貸してくれた。朝食もだしてくれた。
地元で育った体格の良い、真っ赤なほっぺたの
気さくな人。
真面目に豚の飼育だけする旦那さんに比べて
実業家で
観光客あいてにいろいろ商売していた。
ベランダで食べる朝食は
薪のオーブンで焼いたパンと
野いちごのジャム、コーヒとシンプルなものだったが
あの頃の私たちにとっては
たいそうなご馳走だった。
。。。。。。。。。。。。。。
キャンプなどには用心深いダンナさんは
サンチーニャさんの庭でも安心しなかった。
「僕、この辺の治安どうか訊いてくる」と
「庭だから大丈夫でしょう?」
と、以前は平気で川原なんかにテント張っていた楽観家の私。
「いや、サンチーニャおじさんに夜、見回りたのむよ」
実はダンナさん、昔キャンプで強盗にあった経験がある。
用心深くなるのは無理もないだろう。
サンチーニャおばさんはダンナさんの不安を逞しく笑いとばした。
「大丈夫!絶対、絶対安全だから!」と
サンチーニャおじさん、ライフルでも持ってるのかなー
なんて想像した。
後で帰るためにテントをたたんでいたら
サンチーニャさんは
「ねぇ、大丈夫だったでしょう。家はね、あれに守られているんだよ」
彼女が指差したのは
ドアの上の十字架。
「バラの枝で作った十字架、
あれは絶対に守ってくれるって、ラジオで言ってたからねー
だから私、作ったんだよ!テント張っても大丈夫なようにね!」
私達、バラの枝の十字架で守られていた???
始めっから言われていたら、ダンナさん眠れなかっただろうなー
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
おしゃべりな奥さんと違って
サンチーニャおじさんは無口。
口を開いても凄い話し下手で
ボキャブラリーはすこぶる貧弱。
100にも足りないじゃないかと思うほど。。。
ある晩、ベランダで一緒にワインを飲み
酔いが回り突然、多弁になったおじさん。
言葉の表現力を補うために
劇的なジェスチャーも入れて話す。
豚の屠殺が辛いという話。
「かわいそうで、かわいそうで」と繰り返し
ナイフを翳し
豚の鳴き声も真似る。
その苦痛さも引き攣った顔で演技し
「へー。。凄い役者!」なんて感心してしまった。
蛾の集る裸電球の
黄色っぽい光の中で
夢中で演技するおじさん。
苦悩に満ちた頬に
突然、蛾が一匹止まった。
でも、まったく気が付かない様子。。。
裸電球の光がナイフにきらきら反射し
皺だらけの顔。奇妙な表情。。。
頬には不思議な色合いの蛾。。。
「絵になるなー」
なんて見惚れたことも覚えている。
。。。。。。。。。。。。。。
もう一つ、想い出話。
狼男の話。
続きます。


