褒めと謙遜 | サバンナとバレエと

サバンナとバレエと

ブラジルからの便り

日本文化の中でいつも優れているなーと感心するのは頭脳的な要素だ。

私があえて「日本人」ではなくて「日本文化」と言うのは

それが日本民族の特有の遺伝子からくるものか

文化的なものか分からないからだ。


ちなみに現代遺伝学では民族の遺伝子の違いと

文化的な違いをあえて区別しない。

人類の人種のDNAは殆ど違いがないことが明らかになったので。


科学的には「人種」と言う言葉はあまり使われなくなった。

「人種」のかわりに「民族」

民族は遺伝的な要素を文化的な要素が含まれているコンセプトだ


したがって日本文化における頭脳的な才能は一体どこからくるのか分からないけど

アフリカ系の民族が運動、あるいは音楽的能力に優れているのと同じように

アジア系が頭脳能力に優れているのは明らかだ。



。。。。。。。。。。。。。。。


たとえば


いつも感嘆するのは

日本文化の「謙遜」。

とにかくオリジナルだ。


ブラジルでは「謙遜」は

「はい、私は確かに劣っています」というストレートな感じだが

日本文化のなかでは「謙遜」は

「謙ったような感じでも頭のいいことをアピール」

といった感じで頭のいい人ほど謙遜が上手だ。


ブラジルで育った私は

いつも「凄いなー」と感心してしまう。


だけど謙遜を大切にする観念は

褒められることをどう解釈しているのか。

少なくても私には何か自然でないような感じがある。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


その正反対はブラジル文化。

ブラジル人のダンナさんとの結婚生活26年。


ラテン系の彼はとにかく褒めちぎる。

いくら私がデブになっても

皺だらけしみだらけになっても褒めちぎる。

私は二回の妊娠のとき

なんと28キロ太ったのだが(二回とも丁度28キロ)

はちきれそうな顔や胸を褒めてくれた。


今でも

私の顔をまじまじ見て

知り合った頃から全然変わってないという

まさかご冗談でしょうと笑うと

昔の写真を持ってきて

ほら何が変わったのと見せる。


出掛けるためにちょっとお洒落すると

驚いた顔をして

「ああ僕はなんてラッキーなんだ、ほかの男に気をつけないと」

男性の視線なんてまったく感じなんだよと(マジでいうと)

君が感じないだけだよと


まったくなんて恵めれた無邪気さだと思う。


娘たちにもこんな感じだ。

とにかく褒めちぎる

ああ、パパィの小さいお姫様。世界的インテリジェンスで美しいプリンセス。


パパィ止めてよといってもまんざらではない様子だ。


ちなみにうちの長女は

寂しくなったときはダンナさんと話す。

何か問題があったときの電話は

ママェと話したいと。。。


。。。。。。。。。。。。。。。。。


そして彼も褒めてもらいたい。

長年の結婚生活でようやく理解できてきた

歯の浮くような褒めかたでもにこにこ嬉しそうだ。


。。。。。。。。。。。。。。。。


ダライ・ラマの教えの中で凄く気に入っていること


褒められたら謙遜はせず有難いと受け入れること。。。


褒めることとはオートマチックでは意味が無くなってしまうだろう

人各自の良いことを見つけ出すのには

努力が必要だ。


それでも私達は一人ぼっちで生きていくことは出来ない。

素直に人の優れたことを見つけ出すことは

人と関わる必要性を大事にして初めて出来る行為ではないか。


素直に褒めて

素直に褒められる。

私にとってとても難しい課題だけど

この頃ようやく自然にできるようになった。


したがって

「謙遜」は私にとって良いチェスのゲームを観るような感じで

面白いけど私にとっては

もっと

褒めたときはストレートで喜んでほしいし

褒められたとkは

素直に喜びたいと思う。