勉強するつもりで机に向かったのですが
何か疲れていてその気になれません
まあ、
今日はだいぶやったので
もうひとつ記事を書く事にしました 。
この前書いた行けない同窓会 の続きです。
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同窓会にいけるかどうか考慮中
クラスメートだったP君からメールがきた
久しぶりだね
元気なのかな
同窓会で会える?
もし君が16日の朝に空港へ着くのなら
僕は車で行くつもりだから
空港まで寄り道して
一緒にいけたらと思ったんだ。
昔話で楽しみながら行こうよ。
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空港から同窓会の会場まで
二時間位、
一緒に昔話に花を咲かしての旅行。。。
本当に行きたかった。
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P君は獣医大学時代、親友だった
あの頃、シェアハウスで一緒に住んでいた。
20年前にはシェアハウスなんて言葉もなかったとおもうが
ブラジルの大学生活はだいたいこのシステムだった。
複数の学生で一軒借りる
私たちは部屋三つの家を5人で借りていた
男の子4人に私一人
私だけが一人部屋で優雅な生活だった。
もともと男の子たちのほうが気があう私だったから
すごく気楽な生活だった
ただし
4人とも私を守るべき兄貴のような存在だったから
とにかく口うるさい連中だったのは確かだ
私のボーイフレンド全てに点数をつけ
デートに出かけるたびにキッチンテーブルに集まって
私の服装から
デート相手について
討論する4人を尻目に出て行った。
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そのかわり
誰かが振られるたび
私が姉貴になり
慰め役。
振られてばかりの連中。
いつも話しを聞いてやった。
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P君は私の親友のKさんにまっとく、ぞっこんだったが
二人が付き合うようになったのは私の計らいだ
そして
Kさんはシェアハウスの連中の冒険といつも一緒だった
(その事は前に書きました、 こちらに 、そしてこちらにも )
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Kさんは大学教授の娘で
家族を離れ自由に暮らしている学生達と違った境遇だった。
キャンバスから離れたところで
両親と一緒に住んでいた。
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気性の激しい二人、
毎日のように喧嘩だった
恋に狂った者だけが出来る残酷な行為
それをするたびP君は後悔に悩まされ
ひどくセンチメンタルになった
そのたび付き合わされるのは私だった
酒屋で酔って
子供のように涙ぐむ大男を慰めた。
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あの夜も同じことだった
ただ
聞いてばかりが嫌になった
ーねぇ、何かしようよ
ー何もできないよ
私は立ち上がって言った
ーKさんの家に行こう。
真夜中だった。
おまけに土砂降りの雨だった。
ー今から?
ー今から。
私たちは土砂降りの中で
バスを待ち
ずぶ濡れでバスに乗り
彼女の家に向かった。
バスから降りたときも
同じように降り続けていた
手をつないで雨の中を歩く
舗装されてない田舎道は泥だらけだった
泥のなかに転び
靴を失い
坂をすべりながらよじ登り
そして
それがまったく滑稽で
笑い転げながら歩いた。
部屋の窓を叩く音で目覚めて
窓を開けたKさんの目に入ったのは
頭から足まで泥だらけの私たちだった。
歯だけ白く光る笑い顔を見た瞬間
Kさんはもうとっくに許していた。
しぃー
彼女はささやいた。
車の鍵もってくるから一緒にキャンバスへ行こう。
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P君はこのエピソード覚えているかな。
メールで訊くのはもったいない気がする。
もしかして一緒にいれる機会があったら訊こうと
大切に閉まってある思い出。
今回ではないのが残念だ。
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P君はこの写真に
Kさんはこちらいます
本人達の許可を取ってないのでいったい誰だか明かしませんが
イメージで誰だと思いますか?

