子供のころ
ブラジルに移住した頃
日本人であることがとても嫌になりました
とにかくブラジル人になりたいと思い
一生懸命がんばりました。
日本と正反対の文化の中で成長しなければならない子供にとって
まったく自然なことだったのかもしれません
実にブラジル人になってしまって
こちらで生まれた日系の二世、三世よりブラジル的だと言われます。
実に長い間、日本語をほとんど使わない生活をしていて
日本語の能力は片言程度まで落ちていました。
考えるのもポルトガル語でした。
20年間以上。
改めて日本語を使い始めたのはここ2年間ほどです。
アマゾンに着て日本語が話せる人が少ないので
ぜひ日本語教師をしてほしいと
こちらの日本人会の頼みではじめました。
それまでは私のパソコンは日本語を書く機能さえない状態でした。
そしてすこしづつ日本語が戻ってきて
日本語でブログを書こうかなと始めたのは一年まえです。
そして少しずつ日本人としての自分も見つけ出すことが出来るようになりました。
はじめて自分の中でブラジルと日本文化が自然に共存している感覚も心地よいのです。
私は全ての民族が尊いもので
全ての文化が素晴らしいものだと信じています。
インデェオ文化に興味をもつのもそんな意味があります。
したがって
日本人して日本文化のみ強調する態度に疑問も持っていました。
今でも日本文化が他の文化より優れているとは思いません。
でも、この一年、日本人としての誇りを感じるようになり
日本人として何を世界に提供することが出来るか
そんな考えが生まれてきました。
そして、もしかして日本文化とブラジル文化の橋になることで
何かを提供することが出来るかも知れないと。
そしてこの災害が起こってから
その思いが育ち続けています。
日本人としての誇り
日本人として何を世界に提供することができるか
日本とブラジルを理解できる自分に何が出来るのか。
あと二週間で50になります。
半世紀の人生
どのような生き方をしたいのか
考えています。
今日日本についてもブラジルのニュース。
評論家の意見では
これから日本の復興の可能性は
疑いのない事実である。
しかも、日本はまったく新しく生まれ変わるだろうと。
新しい日本、
新しいエネルギーテクノロジー
新しい価値概念
新しい社会モデル
もしかしたら、
世界のモデルになることが出来るかも知れません。
どうしようもなく迷っている人類に新しい可能性を記す
そんな役割を果たせるかもしれません
日本なら出来るでしょう
日本の底力。
出来ると思います。
そしてそれによって今回の災害の悲しみや失われた命にたいして
無駄ではなかったと言うことができるかもしれません。
フェニックスのようによみがえり
新しい可能性と希望と夢を伝える日本。
そう考えて
うれしくなりました
お互いにがんばりましょう
がんばれ日本。
